普段着のパリ、カルティエ

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モンパルナスのメーヌ通り27番の「Le Clos Y(ル・クロ・イグレック)」を出て、そのまま100メートルくらい歩いて行くと、メーヌ通り21番があるのですが、
(フォト奥に小さく写っている黄色い外観のお店のその向こうが「Le Clos Y」)
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そこにはひっそりと「Chemin du Montparnasse(シュマン・ドュ・モンパルナス)」があります。
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はじまりはロシア人画家の「Marie Vassilieff(マリー・ワシリエフ)」が自分のアトリエのあったこの場所に食堂を開いたこと。
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その食堂に集まったのがピカソやコクトー、マチス、モジリアニなどの芸術家たちだったそう。
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この方がマリー・ワシリエフさんなのですが、
1884年にロシアで生まれ、1905年にパリに来て、ここで生き、
そして1957年に亡くなった場所が私が今住んでいる街からもほど近いマルヌ川沿いの街「Nugent-sur-Marne(ヌジョン・スー・マルヌ)」でした。
私も大好きなマルヌ川をこの方も晩年、歩いて、見つめていたのかもしれないな、と思うとなんだか不思議な感じがいたします。
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現在は小さなアトリエやオフィス、お花屋さん(日本人女性のお店)があるのですが、
この日は土曜日なのでひたすら静まり返っていました。
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私がここに来るのは2度めで、1度めはずっと昔、まだ日本に住んでいて1人旅でパリに来た時。
その時はパリの街のことはもちろん歩き方もまったくわからなくて、大きなモンパルナスの駅のまわりをぐるぐる歩いて、見つけたと思ったら本当に小さくてひっそりであっけなくて。
ちょっと拍子抜けした感も実はあったのですが。
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旅の人ではなくパリの住民(現在は郊外ですが。ぷぷ)になった今は、
これでいいんだなぁ、これがいいんだなぁ、と。
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今回訪れてみて改めて思いました。
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子供の頃、教育TVで「モンパルナスの灯」というモジリアニの伝記映画を観て、
恵まれないまま行倒れのようにモジリアニが死に、それを見届けた彼の才能を知っていた画商がモジリアニの住まいに行き、何も知らないモジリアニの妻にいい顔をしてかたっぱしから絵を買いとる…
その最後の悲し過ぎる場面が忘れられなくて1人旅の時に訪れてみたのですが。
映画を観た子供の頃から何十年経った今も、
モジリア二の最期、悲し過ぎる、画商ひど過ぎる、ってやっぱり思います(子供の頃と精神年齢も変わってない?…)
あの映画でモジリアニの妻を演じたアヌーク・エメがまた本当に綺麗で。
それもまた忘れられません。
今気がついたのですが、映画が作られたのが1958年で、マリー・ワシリエフさんが亡くなったその翌年。映画ではないモジリアニの姿を知っていたマリーさん、モジリアニの伝記映画が作られることは知っていて亡くなったのでしょうかねぇ…
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そんなわたくしごと小さな思い出(思い入れ?)もあっての、
この「Chemin du Montparnasse」。
マリーさんのアトリエ跡の小さな美術館「Musée du Montparasse」もありますよ。




住所…21 Avenu du Maine 15区
メトロ…「Montparnasse-Bienvenüe」④⑥⑫⑬号線
美術館のHP→「Musée du Montparnasse

※追記…つづきます。

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旦那と2人の土曜日パリ散歩、午前中はまずは久しぶりにパリ3大蚤の市(クリニャンクール、モントルイユ、ヴァンヴ)のうちの1つ、
「ヴァンヴの蚤の市(Marché aux puces Porte de Vanves)」に行ってきました。
以前来た時はまだエマウスやブロカントを詳しく知らなかった時だったので、
今回はそんなエマウス&ブロカントとお値段を比べながら、ここの蚤の市が全て屋外ということもあってホントお散歩がてらで見る、知る、を楽しみにぷらりしてみました。
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最初に目に入ったのは、蚤の市のはじまり辺りにあるお店のかわいいカフェオレボールたち。
状態と裏の窯の刻印、そして値段を見てみると、思ったよりは高くないかな?なんかクリニャンクールの方が若干高いかな?と感じました。
ものにもよりますが小さいものは5ユーロくらいから。大きめのものだと10ユーロくらいからが多く、ブロカントのプロフェッショナルなお店の2倍くらいなので、ま、これくらいなのかしら、って。
ただしエマウスと比べてしまうとあれなのですが、でもエマウスではいつでもカフェオレボールが見つかるわけではなく3回に1回くらいで出会えるかな、といったところなので、蚤の市だといろんな種類がいつでも揃っているから、旅行など時間や行ける場所が限られた方で確実に欲しい方はやはり蚤の市かな、と思いました。ここはメトロ「PORTE DE VANVES」駅からも歩いてすぐですし、クリニャンクールやモントルイユよりは危険がかなり少なめで雰囲気からもそれが感じられるのも旅の方にはよいかも。ただしパリはいたるところにスリがいるので用心は怠っちゃっちゃいけないと思うのですが。
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ちょっと気をつけていると地面に置かれた箱たちに1ユーロ均一の値段がついていたりなので、
こちらもほじくって?見てみると楽しいのです。ほんとに古い物がお好きな方は、きちんと整頓されたものよりこうしてごちゃごちゃした箱の中を探すのを好むことはつい先日私たちがお店側として参加したブロカントでも経験済みなのです。
→「ブロカントを開こう② ~当日の午前編~
→「ブロカントを開こう③ ~当日の午後編~
ま、でもこっちはすべてプロのお店なので貴重なものはしっかり取り除いてあるでしょうが。
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若い頃は古着を好んで着ていたので、その頃だったら喜んじゃいそうなこんなブローチなんかだとこれももちろんものによりますが状態のいいものだと10ユーロ前後からあるようです(&あとは交渉次第かしら)。エマウスでもこういった繊細で状態がいいものはさすがに40サンチーム50サンチームではたぶん見つからないかな、と思います。今、ほとんどアクセサリーをつけないし買わないのでちょっとはっきりとしたことは定かじゃないのですが、だいたい1/3~1/2くらいのお値段かしら。
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でもお皿たちははっきり申し上げちゃいますが、エマウスでうんと安くめっけて我が家に来た子たちと同じものが(デイゴワン・サルグミンヌなどをはじめ)たっくさんありましたねぇ。
なのでさすがにもう蚤の市で買おうとはやっぱり思えないです。
それからそれから日本に住んでいた頃に自由が丘のアンティーク系屋さんで超奮発して10万前後で買ったのとよく似た雰囲気のライトが12ユーロで売っておりまして、あちゃ~、って。
その頃はパリにはま~ったく興味がなかったのでまさかこんな感じなの知らなかったのです。
なので今考えたら、格安航空チケットでも探してパリに来ちゃった方が割安だったかな、とも思うのですが、その頃は有名な都市に行くよりポルトガルの田舎町なんかに行って地元のカフェや食堂で地元の人に交じってビール飲んでまったり過ごすのが私の旅の一番の醍醐味だったのですよね。でもそれも楽しかった思い出なので、ま、素敵に過ごせてよかったのですが。
ということでもしお値段の張りそうなものでヨーロッパの古いものをお探しになりたい場合は、可能ならやはり飛行機に乗って来ちまった方がいいのかな、って今は思います。でもお仕事の都合でそう簡単に来れない方もいらっしゃるでしょうし、それからパリはもちろん日本でもその時その時の出会いというのもあるとも思うのでこれも一概には言えないのですが。
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で、ほんとにこの時は見るだけだったのですが、でも古いもの好きだけどまだまだ詳しくない私には勉強と参考にもなって十分楽しかったです。
こうしてここでのお値段も何となく頭に入れておきつつ、我が家の場合はこれからもエマウス&ブロカントの方で古いもの探ししたいと思いました。


住所…Avenue Sagnier 14区
開催日…土曜日と日曜日の午前中
メトロ…「PORTE DE VANVES」⑬番


さてこの後はメトロ⑬番線に乗って4つめのモンパルナスへと向かいました~。
つづきま~す♪
        

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初めてパリに旅行で来たのは真冬で、
その時のモノクロームなパリは映画のようで素敵だったのですが。
今は断然夏パリが好き。
キラキラで透明感があって眩すぃのです(今日はどんより空ですが)。
パリに住んでる人は7月や8月にパリを離れる人も多いけど、
ちょっともったいないなぁ、と思うくらいです。
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いつかカンパーニュに移ることを目指しているうちら夫婦ですが、
パリと南のどこかにセカンドハウスがあって(逆でもいいけど)、
季節ごとに行ったり来たり出来れば最高だなぁ、ってちょっとだけ過ります。
だってや~っぱりパリ素敵ですからねぇ。
でも、ま、それは無理なのでマルヌやパリ近郊も含めて
今を出来る範囲で楽しんでおります♪
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でも私は日本ででもどこでも春&夏好きだからこう思うのだと思います。
秋や冬が好きな人もいらっしゃるから、ま、好みの問題ですね。
それに冬パリのノエルの煌めきはやはり捨てがたいですし。
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あ、このフォトに写ってる2人は右がロマの子で左の子が観光客。
署名させていたので、この後寄付金を要求するのでしょう。
気になって一言言おうかどうしようかと思いながら通り過ぎながらずっと見ていたら、
ロマの子が邪魔しないで、という目線を私にチラチラ向けました。
スリ目的だったら何とか止めたいけど、こんな署名などはパリに来る場合最低限自分で気をつけなくては、とも思うので結局何も言わなかったけど、やはり迷うところ…。
とにかくこれはパリでほんと気をつけてほしいところなのです。
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さて、パリではじめて住んでよく知っている7区の通りをぷらぷら歩いて向かったのは、
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こちら。
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アール・ヌーヴォー建築家としてよく知られているというジュール・ラヴィロットが1901年に作ったラップ通りの集合住宅です。当時は過激&過剰な装飾で世紀の悪趣味建築などと言われたそうですが1903年には結局ファサード・コンクールで賞を獲ったそう。そして現在も高級住宅街の一角にあるアパルトマンとして住民の方が住んでいらっしゃいます。
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やはりひと際目立つ建物で、こうしてよく観光客の方も記念写真していらっしゃいます。
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旦那さま?息子さん?がポーズを指示なさっててちょっと微笑ますぃ。
こんな光景を実はわたくし何度もここで見かけています。
と言うのも、
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左に写っているこのアパルトマンと通りを挟んだところにある、
ちょうど黒いスーツ姿の警備の方が立っていらっしゃる郵便局は
私がこの近くに住んでいた時にいつも利用していたところなのです。
渡仏前に日本から船便で送ったいくつかの荷物もここで受け取ったのですが、
あの時はちょっと大変でした。なんせ1人では簡単に持てない荷物なのに、
フランス郵便局問題でよく言われる、
家にいたのに荷物の不在票を入れて行く、をやはりされて。
で、しかたないので人に頼んで2人でこの郵便局とアパートを往復しました。
でもふと思ったのです。今の家ではほんとにいなくて荷物の不在票が入っていたことはあるけど、いたのに不在票を入れていく、は一度もないなと。
で、旦那に聞いてみたら、
集合住宅じゃないからで階段をのぼって届ける必要がないからだよと。
このあたりでも集合住宅では基本住民は皆、
郵便局まで取りに行かなくちゃでそれはフランスじゃ普通のことだよと。
それを聞いて、フランス郵便局の不在票というもののことがわかった気がしたのです。
つまり、集合住宅のポストに入る郵便局の不在票とは、
ただの届いてますよ票で、はじめは必ずどこの家でも届けに来てくれる
丁寧な日本の郵便局とはまったく違うんだなと。
地域や係りの人によってはフランスでも日本のように
はじめは運んできてくれるとこもあるようだけど、
基本的には集合住宅では自分で取りに行かなくちゃなんだなと。
ただしUPSやヤマト便などはパリやニースのアパルトマンに住んでいた時も
いつも家にちゃんと届いていました。
それから自分の場合ですが、郵便局の荷物でも他のものでも紛失経験は結局今までは一度もありません。でも、話にはほんと~によく聞きますが…。
ということで、自分なりに気付いたフランス郵便局の不在票についてのことでした~。


※追記…ラップ通りの集合住宅の住所を書き忘れたので記しておきます。
住所…29 Avenue Rapp 7区
またこの集合住宅のすぐ近くには同じくジュール・ラヴィロットが作ったラップ広場の集合住宅もありますので見に行かれる場合は併せてご覧になることをおすすめします。

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さてさて最後はしょっちゅうご紹介させていただいているお馴染みサン・ドミニク通り。
でもヴァカンス期なので若干閑散気味。
でも、日本にいた頃からですがこんな雰囲気、空気感、嫌いじゃありません。
街だってカルティエだってちょっと夏休み中、って感じで。

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ほとんどのパリのガイドブックに載っているくらいに有名なムフタール通りに久し振りに寄ってみました。私もはじめてのパリ旅行の時に姉と来た場所です。
パリに住んでる方やよく旅行で来ていらっしゃる方の中には、あの通りはツーリスティック過ぎて…とおっしゃる方もいらっしゃいますが、確かにそうなのですが、それでも、パリにはじめて来る方には危険も少ないし、昔ながらのパリの雰囲気もしっかり残っていて、私的には一度は来てみるのは楽しいのでは、と思っています。
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でも来るのであれば常設マルシェが開いている午前中がおすすめ。それも土曜日か日曜日の午前中が一番のおすすめ。休日のリラックスした雰囲気が十分楽しめます。
残念ながらこの時は午後だったのでご覧の通り、賑わいがある程度引けた後。
それでもパリの人気カルティエ、カルチェ・ラタンの一角でソルボンヌなどの学生街もすぐそばなのでいつでも結構な人通り。
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ところでこのムフタール通りで私にはちょっと苦笑いな思い出話があるのです。
7年前、パリからニースへ移ろうと決め、ニースでの住まいを探していた時、日系のフリーペーパーでニースのアパルトマンを貸します、というアノンス(広告)を見つけたのですが、そんなその時のことが苦笑い話なのです。
その頃、パリでの生活を一年の後、春にニースへ移ろうと1月くらいから部屋探しをしていたのですがなかなか見つかないでいて。そうこうしているうち2月に日本から姉が遊びに来たのですが、ちょうどその時、そのニースのアパルトマンの記事を見つけ、貸主に連絡。その男性は大学教授だといい、ニースのアパルトマンはセカンドハウスで普段は使っていないので貸したいという事。で、すぐ会ってお話をしましょう、一度家に来られますか、といきなり言うので、今、姉が日本から来ているので…とやんわりお断り方向にお伝えすると、じゃあお姉さんもご一緒にいかがですか、と。で、決しておしつけがましくはなかったので、その場で姉に説明すると、ちょっと首をひねりながらも、その教授だという貸主さんの住まいがこのムフタール通りだというのでムフタール通りのアパルトマンがどんな風かも見てみたいというのもたぶんあったようで渋々承諾。
で、翌日の夕方、このムフタール通りにあるその人のアパルトマンに2人で行ったのです。
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訪れるとアパルトマンのその一室はかなり大きな部屋でところ狭しと本があって(と言うか散らばっていて)、貸主さんもウッディ・アレンをちょっと思い出すような少し神経質な雰囲気で確かに教授っぽい。そしてどうやら1人住まいっぽい…。
彼はにこやかに私たちを招き入れ、積まれた本の小山の中にあるソファに座らせると、その場をちょっと離れ、そそくさと赤ワインと生ハムの盛り合わせを運んできて、一緒にちょっと飲みましょう、と。
その時点で姉がめっちゃ怪訝な顔(私も??と思ったが)。で、私に、飲みたくないし食べたくない、帰ろう、と。
するとそれを感じた貸主さんは、結構必死に自分の教授としての仕事内容と(信用を得ようとしてるようで)、それからニースのアパルトマンのことなどを説明しだしたのだけど、姉はもう聞いてはおらず、私に、おかしいよ、帰ろう帰ろう、と。でも私はニースの部屋のことが知りたかったので、姉の帰ろう帰ろうに私も同意だったので頷きながらも、部屋のことだけは聞いておこうと思っていたら、貸主さんが、そのニースの部屋を私がもし見に行く時は自分も一緒に同じTGVで行く、と言い出して。そこで私も、何で??と。パリ市内ならまだしも、何でニースまで、しかも何で同じTGVで行かないといけないのか、と。
ここでさすがに私も気が付いた、と言うか、こりゃだめだ、と思いまして。
すでに貸主さんをシカト状態だった姉に、うんうんごめんね帰ろう帰ろう、と言ってとっとと帰ってきたのでした~。
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貸主さんは女性狙いだったんですね、たぶん。
しかも日系のフリーペーパーにアノンスを出すということは日本人がよかったのでしょう。
一度大学にも来てほしい、みたいなことも言って教室の場所の住所まで渡してきたので教授なのはたぶん本当だとは思うのですが、もし私1人で行っていたら危なかったな、と後で思いました。
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こんな一歩間違えば危なかった出来事もありつつ、その後のニースのアパルトマン探しもかな~り大変だったこともありつつ、でもこうして今、平穏な暮らしをしていられるのが面白いで~す。
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さて、ここは姉と夕食に入ったお手頃思い出ビストロ。
正統派メニューですが、エスカルゴと魚介のパイ包みシチューがとっても美味しかったのです。
でもその後、パリに住み始めてランチに寄ってみたら、その時のランチのセットはいまいちでした。だからここはアラカルトの方がいいかな、って。
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そしてこちらは、ムフタール通りからすぐの、初めてパリ旅行の際、姉と宿泊したホテル。
中庭があってなかなか素敵なところなのです。
この日たまたま中庭に続く門が開いていたのでちょっと入らせていただいちゃいました。
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部屋はそれほど広くはないのですが、かわいらしく清潔。そして何と言っても立地がよいのです。
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ここでいただいた朝食はちょっと忘れられません。
雰囲気のある食堂でクロワッサンとコーヒーの朝食だったのですが、そのクロワッサンを各テーブルに運んできてくれたショートヘアで顔がきゅっと小さいマダムがとても可愛らしく、まるで70年代のパリが舞台のおしゃれな映画に出て来そうで。そんなマダムがにこやかキュートに運んでくれたそのクロワッサンもバターたっぷりでサクサクでめちゃくちゃ美味しくて。
はあ~、ここはパリや~、思いましたねぇ。ふふ。
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あの70年代風キュートマダムが今もいらっしゃるかはわかりませんが、勝手に入らせていただいちゃったこともあり、一応ホテルのHP、貼り付けさせていただいておきますね。
→「HOTEL DES GRANDES ECOOLES


ま、でもこんな風に自分に思い出(変なのも含め)があるからムフタール通り、そんな悪かないよ、
って思っちまうのかもしれません。
そんなこと、ありませんか?

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5区へ行ったので「アレーヌ・ドュ・リュテス」に立ち寄り。
メトロ駅は7番線の「プラス・モンジュ(Place Monge)」です。
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階段を上がると出入り口はちょっと味のある雰囲気。
ここに沿って左方向へ行くと(フォトでは右方向になります)、
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出入り口があって、ガロ・ローマ時代の円形闘技場はこのすぐ向こう。
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1896年から公園として開園しているここは、紀元1世紀に古代ローマ人によって作られたパリ最古のモニュメント。当時は17,000人の収容ができ、剣闘士の闘技会、演劇作品の上演なども行われたそうですが、現在は全体ではなく一部分が残る形なので迫力としては、ローマのコロシアムなんかと比べると若干こじんまりなのは否めません。
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観光名所と言うよりパリ市民の憩いの場、といった雰囲気で、おしゃべりをしてのんびり過ごす人びとの姿になごみます。
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「gladiateurs lutèce(グラディアトュール・リュテス)」=リュテスの剣闘士、の画像でこんなフォトもありました。当時を再現した古いフォトのようですが、ほんと、こんな感じだったんでしょうねぇ。
剣闘士の多くは戦争捕虜で、その中から選抜され養成所で育成までされた剣闘士奴隷で、剣闘士と剣闘士の戦いはもちろん、剣闘士と猛獣の戦いもあって、そんな戦いに市民たちは熱狂したそうですが、
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時は流れ、今そんな残酷なことが行われた場所では子供たちがサッカーを楽しんでおります。

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そんな時代のそんな剣闘士だったら、剣闘士じゃなくても殺し合いを観て熱狂する側だったら、と想像すると腰抜けのあたしはちょっと恐ろすぃ…
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そんなことを思いながら、2000年の時を経た夏の光降り注ぐ公園、アレーヌ・ドュ・リュテスを歩いた午後でした。

今の時代もまた違う悲しさがありますけど…

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