パリから行く小さな旅

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せっかくの6月、せっかくのいいお天気。
ということで昨日の日曜日は思いついて、
朝11時前に出発というかなりのんびりモードな
パリから行く小さな旅に行ってまいりました。
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今はバラの季節。
でもバラだけじゃなくたくさんの花々が咲いていてその美しさ可憐さを堪能です。
はぁ~、やっぱり春っていいなぁ、やっぱりカンパーニュいいなぁ、って。
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ランチには18ユーロ50サンチームのお手頃セット。
私はグラスワインと前菜にはエスカルゴ。
やっぱりスーパーマーケット「LIDL」の冷凍エスカルゴより
ずっと美味しかったのは否めません。
&にんにくは強めにきかせた方がやっぱり美味しいなと再確認。
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皆さんもこのお天気を「プロフィテ(profiter=活用)」です♪
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花粉症も収まって豊かな緑の中でもサングラスもマスクもなし。
怪すぃわたくしとはさよならいたしました。
飲んだ翌日からすぐ効くフランス薬のこの威力、恐るべし!
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このようなすっきり小さ旅の様子もまた、
フォト整理して近々ご紹介させていただこうと思っておりま~す。宜しくです!

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「パリから行く小さな旅」アミアン編のラスト記事となります。
ジュール・ヴェルヌの家の後は1981年にユネスコ世界遺産登録されている、
ノートルダム大聖堂へ。
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フランスでも最も大きいものの1つである、ゴシック様式の大聖堂です。
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正面の扉は世界が終わりを迎える時、キリストを通じて全人類に審判がなされるという
「最後の審判」の石像彫刻。
悪業が善業を上回ったら地獄に落ちるらしい。
それでは中へ。
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さすがに大きくて圧巻です。
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今まで見た中で強く印象に残っているのは自分はスペインのトレドの大聖堂なのですが、
トレドの大聖堂は1226年から267年の年月をかけて作られていて、
ノートルダム大聖堂は1220年から68年間くらいで建設されたもの。
当時としてはとても短い期間だったようです。
ただし現在の大聖堂はフランス革命と1915年、1940年の戦争でかなりの被害を受け、
1954年から多くが修復されたものだそう。
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せっかく人間によって素晴らしいものが作り出されたのに、
人間に壊されたのですね。
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ところで昔、イタリアを旅した時、ある小さな町の宿で、
そこの主人にひどいボッタクリをふっかけられたことがあるのですが(シカトしました)、その後、偶然その町の教会で熱心に祈りを捧げる彼を見かけまして、
いったい何を祈っているのだろうか、と。
そして、これも人間というものかなぁ、と、しみじみ思ったものです。
興味深いことだったので今も忘れられません。
さすがに顔は忘れちゃいましたけどね。
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この大聖堂は内部の石像の彫刻たちもまた繊細で素晴らしかったのです。
古代ユダヤの宗教家で預言家で、イエス・キリストに洗礼を授けたという洗礼者ヨハネの生涯を描いたものや、
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スペインで生まれアミアンの最初の大司教になった聖フィルマンの生涯、
大司教フェリーの墓標彫刻など500年以上前の作品が、壁や回廊に並び、
その繊細さにしばし見入ってしまいます。
戦争の時は別の場所に移したんでしょうかねぇ。
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そして厳かなこの大聖堂を出て、
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ふと気が付いたのが、すぐ目の前にあったピカルディーの郷土料理レストランの文字。
ピカルディー弁「bien boère(ビヤン・ボエール)」は
フランス語だと「bien boire(ビヤン・ボワール」で
「よく飲みましょ♪」みたいな。
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ピカルディー弁「bien matcher(ビヤン・マッチェ)」は、
フランス語だと「bien manger(ビヤン・マンジェ)」で
「よく食べましょ♪」的な。
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そして、
ピカルディー弁「et pis ne rien foaire(エ・ピ・ヌ・リヤン・フォエ―ル)」は、
フランス語だと「et puis ne rien faire(エ・ピュイ・ヌ・リヤン・フェ―ル)で、
「で、後は何もしないのさ!」みたいな感じでしょうか。
ピカルディー生まれの旦那も子供の頃、
ママンにピカルディー弁でときどき話されたそうですよ。
きっとマクロンさんもだったんでしょうねぇ。

                おわり
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一階(日本で言う二階)は、当時ファミリーの寝室だった大きな空間が、
現在はジュール・ヴェルヌが集めた本の展示室となっています。
この家にはおよそ700点もの実際に彼が使っていたものたちが展示されていて、
机の上には彼が書いたと思われるメモ書き(復元コピー)などが並べられていました。
ジュール・ヴェルヌは1856年に出会ったオノリンヌ(Honorine)と1857年に結婚。
その時オノリンヌはすでに2人の小さな坊やがいて、
2人の間にもまた坊やが生まれ、3人のお子さんと奥さんの5人家族。
その頃はまだ成功していなくて他の仕事をしながら少しずつ書いていた時期で、
1863年に書いた「気球に乗って五週間」で人気が出て、
その後世界的にも有名になり1882年にアミアンのこの大きな家へ。
建物は1845から1854年にかけて作られたものだそうです。
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二階(日本でいう三階)には「水上の旅(Les voyases nautlques)」
と名付けられた小さな部屋もありました。
港町ナントで生まれ、子供時代いつも窓からその様子を眺め、憧れていたその思いを、
大人になってもずっと持ち続け、こうして夢のある部屋も作る。
そんな心が想像力豊かな作品を書くこととつながっているのだろうなぁ、
と感じました。
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通り過ぎてしまいそうなとても小さな寝室もあって。
小説を書く時用の仮眠も出来るお部屋かしら。
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窓からは緑豊かな広場の風景。
ナントからパリへ、そして終の棲家はアミアン。
この街が北の小さなヴェニスとも言われるように、
水辺があちこちにあるのも魅力だったのでしょうか。
あ、ただし、この家のパンフレットにもアミアンの観光局のサイトでも、
ジュール・ヴェルヌがこの家に住んだのは1882年から1900年までとなっていて、
だけどウィキペデイアでは1905年にこの家で亡くなった、となっているのです。
その五年間の違いの意味がちょっと定かじゃありません。
(よくウィキペディア間違いあるし…)
奥さまのオノリンヌは1910年に亡くなっているのですが…
またアミアンに行ったら観光局に寄って聞いてみましょう。
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それにしてもお家がとっても広いんです。
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中階段にもいくつもの小部屋のような空間があって。
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そしてそして一番上には、
「ジュール・ヴェルヌの屋根裏部屋(Le grenier de Jules Verne)」があります。
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ここもなんだか子供の冒険心と宝物がたくさん詰まったような楽しい空間。
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ときどき屋根裏部屋に上がっては、子供のように夢想していたのかもしれません。
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その頃の世界地図もありましたよ。
で、思わずジパングどこかなぁ、と探してけれど、ど…
あれ、ジャポン切れててのってないね、ってあっさり旦那。
え!どうしてひどい~!黄金の国ジパングだよ、とあたし。
ま、でもここはユアラップ。なのでユアラップ中心なのはしかたありません。
ということで2回に渡ってのジュール・ヴェルヌの家のご紹介は以上となります。
長々とお付き合いいただきましてありがとうございました。

HP…「LA MAISON DE JULES VERNE

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初夏のような5月のパリフォトも巻きでやらなくてはですが、今日は、
「パリから行く小さな旅」のアミアン編です。
マクロン新大統領が生まれた街アミアンは、SF小説の父と呼ばれ、
「海底二万マイル」をはじめ「八十日間世界一周」「十五少年漂流記」などを書いた、
「ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne、1828-1905)」が1882年から住み続けた街でもあり、彼の住んだ家がこの緑が気持ちいい小さな広場の向こうにあります。
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それがこの家。
表からは整然とした雰囲気ですが、中はどうなっているのでしょうか。
また表とは違う雰囲気かしら、ワクワク♪
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一歩入るとそれほど広くはない中庭があり、視界にすぐ入って来る塔は、
ジュール・ヴェルヌらしくちょっとSFチック。
上の鉄の丸いのが雰囲気~♪この時代にさすがジュール・ヴェルヌ~!と言ったら、ら、
旦那が、あれは後付けだろうね、と。だから、
そ、そ、そりゃそうよね、ヴェルヌの家目印よね、ってあたし。
じゃ、入館料1人7ユーロ50サンチームを払って中へ入ってみましょう。
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まずジャルダン・ディヴェール(Jardin d’hivr=冬の庭)があります。
このジャルダン・ディヴェールというのは、
ガラス張りになっていて光がいっぱい降り注ぐように作られた部屋の総称で、
冬でも光がいっぱいの庭だよ、的な感じでしょうか。
本当にその通りで、この時、空は見事な曇天だったのですが、
この部屋は明るくて気持ちがよかったのです。
フランスでは家を探す時、
プールがあるとかこんなジャルダン・ディヴェールがあると、
ああ、これがあるのね♡となって大きなポイントになるのです。
そしてカンパーニュだとパリ市内や郊外の高級住宅街に比べれば、
当たり前ですがぐぐんとお値段がお安くなります。
パリ市内はほとんどがアパルトマンですが住宅がほんと~に高いです。
東京より高いんじゃないかしら、と私は思います。
あ、今度パリと郊外の住宅についてお値段も含めご紹介も面白そうです。やりましょ!
左に置かれているのは「海底二万マイル」に出てくる「ノーチラス号」の模型。
これがあるとやはりジュール・ヴェルヌの世界を感じさせますね。
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ジャルダン・イヴェールの向こうにはいくつかの部屋がありまして、
ここは重厚な雰囲気の食堂となっております。
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どんなものを召し上がっていたのでしょうか。
作家として世界的な名声を得ていて、1883年からはこのアミアンの市会議員も長く務めたそうですから、お抱えシェフさんがいたのかもしれませんね。
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食堂のお隣りはサロン兼音楽室で、このお隣りには喫煙室もあるのです。
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この方がジュール・ヴェルヌさん。渋いムッシューです。
これは中庭のフォトっぽいですね。
右に写っているのはジャルダン・ディヴェールのガラス窓のようです。
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食堂からもこの重厚な雰囲気の部屋たちとの対比で、
ジャルダン・ディヴェールの明るさが眩しいのです。
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どうしてもここが気になって気になってしかたありません。
実は私もこのジャルダン・ディヴェールに強い憧れがありまして、
他の部屋は小さくてもいいからこんな部屋があったいいな、
いや何なら他の部屋なくてもいいからこんな部屋があったらいいな、
と夢見ているのです。
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後ろ髪を引かれる素敵な空間ですが、住み着くわけにもまいりませんので、
じゃ、上に上がってみましょう。

            つづく

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今回アミアンまで来たのはアミアンが北のヴェネツィアとも言われ、
ソンム運河が街のあちこちを流れ、カヌーが楽しそうだね、
と、以前から話していたこともあってなのです。
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ちょっと下見も兼ねていたのです。
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そんなソンム運河は穏やかな流れ。
川沿いの家々には小さな橋がかけられ、ちょっとかわいい雰囲気。
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我が街を流れるマルヌ川では、小舟で渡らなくてはならない家も多いけど、
ここアミアンはそれぞれがもっとこじんまり。
→「秋の終わりのマルヌ川クルーズ
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海が大好きだったけど、カヌーに乗るようになってから川も大好きになって、
川によって水の流れがまったく違うのをカヌーにのりはじめて知って。
たとえばパリ郊外のセーヌは大きくて広いので流れが激しいし、
大きな船も通るので、大きなのが通るとその後カヌーが波に揺られて激しくて恐い。
それから急に水位の感覚ががくんと変わったり。
→「パリ郊外セーヌ川の小さな旅 ~初セーヌ川クルーズ編~
川の水の恐さも感じながら魅力を感じているのです。
で、ここアミアンの川はこんな感じか、と思いながら歩いたのです。
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1840年に開校の水泳系の学校もあったようで。
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こうして賑わった時期がマルヌ川のようにあったようです。
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そんな学校も水質の変化で1960年に閉校。
もうその跡形はありません。
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そして今はこうして綺麗な大型船が通っています。
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中はレストラン。
皆さんが手を振ってくれたり笑顔を見せてくださって。
船からのそういうのって、なんかとても素敵な気持ちになります。
やっぱり水辺はいいものです。

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さて、ただ今、
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このアミアンで生まれ育ったマクロン新大統領の就任式のTV中継中。
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エリゼ宮の様子や、
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マクロンさんの子供時代の写真などが紹介されていると、
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一足先に奥様のブリジッドさんが到着しました。一緒には来ないのですねぇ。
空のように明るい色のスーツに髪はきゅっとまとめています。
今日のために急いで一週間で仕立てたのでしょうか。
それともどこかのブランドでしょうか。
そして10時5分くらいに、
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マクロンさんが到着し、今日で退くオランド大統領が迎えます。
(ちょ~っと時間的勝負があったのでフォトが雑なことをどうぞお許しください)
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これからセレモニーが始まります。
でも、今日は日曜日。
なのでこれからシュワシュワに行ってまいりま~す。

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