週末の独り言

FotoJet (83)
パリに来た頃はいろいろ慣れなかったけれど、
毎日ほぼすべてのことがほんと~に新鮮で楽しくて、
今もずっと思っているけど夢だった海外に出てみて、
本当によかったと思っている。後悔したことはただの一度もない。
そうやって長年の夢がチワワ坊やも一緒で叶って。
フランスに来てずっと思っていたのは、
坊やを最後まで見守れたら、
あとはもう死んでもかまわない、だった。本当にそう思っていた。
その気持ちは、わんこや猫ちゃんと暮らして、その愛らしさに心が動かされた、
もしかしたらそれで人生観まで変わった人間が感じることで、
もしかしたらいろいろと難しい人間よりはるかに愛らしくて、
こんなにかわいい命に会ったこともないと知ってしまった人間で…
私はそんな人間の1人です。
自分は流されないところがありますが図太くはないので、
この人間社会が結構ずっときつかったです。
学生時代まではまだ楽しかったけど、
会社で働き出したらびっくりするくらいずるい人がいてほんとびっくりしました。
お母さんがガンで闘病になって介護の時は、家族と激しい悲しい諍いがあって、
家族でも分かり合えないことがたくさんあると思いました。
前の旦那と離婚の時は、何年間か家族だったのが豹変して他人以上の他人になって、
一緒に暮らした時間は何だったんだろう、と、ただただ虚しかったです。
フランスに来てからは、
ブログを始めてからで、つい最近もレシピについて書きましたが→  
文章をほぼそのまま使われたり、マナーのない情報の使われ方をしたり、
それについて、やめてください的なことを訴えると、ひどいいやがらせをされたり、
会ったこともないこっちは何もしてない人にも、
相当悲しい意地の悪いことをさんざん書かれたりで、心折れて泣きました。
そんなんで、結構人間社会に諦めのようなものがあるのは否めません。
よくブログにお邪魔させていただいているビー玉さんがこの時の記事で
おっちょこ主婦の家計救出ブログ
自分は天真爛漫じゃないし、少し人間不信気味だったり、本当の自分は見せない、
と書いていらっしゃるけど私もそんな人間であります。
実は今だって、悲しい思いを過去のものに出来ず、
思い出してはまた悲しくなることがあります。
FotoJet (84)
そんな自分ですが、私に負けないくらい動物好きの今の旦那に出会い
一緒に暮らすようになって、
チワワ坊やと2人(ぴき)ぽっちで生きてきたけれど、
わんこもうさちゃんも増えて家族が増えて。
こんな穏やかな幸せが私に来るとは思ってもみませんでした。
生きることに決して貪欲な方じゃないけど、でも、
坊やだけ見守れれば死んでもかまわない、という気持ちは変わりました。
この子たちがたまらないくらい愛おしく、ずっと一緒にいたい最後まで見守りたい。
そして、大黒柱で頼りになる旦那に私を最後見守ってもらえたら…
FotoJet (86)
日本でチワワ坊やを迎えるかどうしようか迷っていた時、
わんこと暮らしている同僚が私に言いました。
最期の時の悲しみはほんと~に辛く悲しい…
それでも自分は、
一緒にいるかけがえのない幸せを選んでいる、と。
私も今本当にその気持ちです。
FotoJet (85)
そんなことをふと思った夕暮れ。
FotoJet (87)
暗くなってもまだいろいろ思い起こしていたら、
旦那が毛布とグラスの白ワインを持ってきてくれたので、
気が利く~、って喜んじゃいました♪
私は今のこの小さな自分の世界にとても満足しております。
ジャポンは3連休ということでルンルンかもなのに、
ちょっとネガティヴチック記事でごめんなさい

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FotoJet (36) - Copie

→「私がパリに来たいきさつ①
渡仏準備は主に、
住んでいたマンションを出た後に移ったマンスリーマンションで進めた。
慣れない小さな部屋でチワワっ子坊やは、
準備で私がしょっちゅう外出になっても、ほんとにいい子で待ってくれていた。
人間の勝手で生まれ、売り買いされ、人間のもとにやってきて、
今度はまた人間によって日本から遠い国に連れて行かれる。
私は自分の夢を実現させようとしているけど、
この子のことを考えると身勝手とも言える行動で。
だから、フランスでも絶対この子を守らなくてはならないと思った。
けれど渡仏1か月前に坊やが突然体調を崩しかかりつけの動物病院に緊急入院。
とても危険な状態で2、3日が山だと先生に言われた。
思い当たることがなかった中で先生と話したのは、
ウィークリーマンションの散歩コースの通りにガソリンスタンドがあったので、
もしかしたら誤って身体にガソリンが入ってしまったのかもしれない。
ということだった。
とにかく私はその数日間、空のお父さんお母さんご先祖さまに、
坊やを助けてください、坊やが助かるならフランスはもう行かなくていい、
と願った。
そして坊やは奇跡的に命を取り留め、回復した。
それでも無理はさせられないと思い、
渡仏をやめる方向でキャンセルの手続きを進めていたのだけど、
坊やが順調に元気になっていき、渡仏手続きも手伝っていただいていた病院の先生が、
一緒に行っても大丈夫でしょう、と言ってくださって、
迷ったけれど、結局出発日を1か月ほど先に延ばして行くことに決めた。
散歩の時もたとえ1人でももう絶対にガソリンスタンドの通りは通らなかった。
こんのやろう、という気持ちも若干あったが、それは大人げなかったと思う。
そして2008年の4月のはじめの早朝、
わんこバッグの坊やを抱き、リュックを背負い、
パンパンに膨らんだ重いスーツケースを引きずりながら、
2ヵ月ちょっと住んだウィークリーマンションを後にし、
電車を乗り継いで気合いで1人成田空港へ向かった。
最後まで家族は反対だったので孤独な出発だったかもしれない。
でも坊やが元気で私もでスーツケース以上の重い荷物はすっきりもうなくて、
希望いっぱいの清々しい出発だった。
◇   ◇   ◇
あれから9年と5カ月が経とうとしています。
坊やが今も一緒にいてくれるのを奇跡のように毎日感じています。
そして、大切な家族である旦那がいてくれて、
愛おしいミュミュとジョアンナとジェンカとタムとティティンがいてくれて。
フランスに来る時、家族をあきらめる覚悟みたいなものを持って来たけれど、
今、フランスで出会った家族に囲まれて穏やかに暮らしているのが不思議です。
で、この9年とちょっとの間、ずっと思っていることがあるのですが、
たとえ自分の家族がどんなに心から心配してくれても、
それでもやはり自分の人生は自分のものだな、と。
それから、もしフランスじゃなくて別の国だったとしても
きっと何かしらその国の良さを見つけられたんだろうな、
今、自分はたまたまフランスで、食の街パリで、
外食が高く節約もあったのがきっかけでさらに料理が好きになったけど、
もし違う国であっても違う何か好きなことを見つけられたかな、と。
ま、フランスでよかったとはやっぱり思ってるんですけどね。
そして、今こうして書いているけど、この後だって何があるかわからないのです。
でもこのままずっとこうして家族で一緒にいるのが今の一番の願いだし、
ベベっ子たちを最後まで絶対に見守りたいし、
自分の人生の最後は出来れば旦那に見守られながら…と願っています。
あ、で、今は日本の家族も理解してくれていて、
まだ我が家に来たことがないのでいつか来てほしいと思っております。
そうですねぇ、今年か来年あたりでしょうかねぇ…

FotoJet (38) - Copie
スヤスヤねんね中のミルク坊やは昨日で14歳。
この子がいてくれたから今の自分があります。

              おわり

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FotoJet (11)

ときどきはちょこちょこブログで書いてきたけれど、
今回は自分が日本を出てパリに来たいきさつを書いてみたいと思う。
と、いきなり、いきさつ、なんて書いたけど、流れと、
それから来てみて感じたことなんかです。
◇   ◇   ◇
ずっと海外に住むことに興味はあった。
それが社会人になって年に1回は海外に行くようになって、
バックパッカーの1人旅も好きで、異国の中にいるのが面白くて、
興味はどんどん強くなっていった。
けれど、その頃すでに結婚していたので諦めていた。
それでも心のどこかで、いつか、と思っていて、一番の夢になっていた。
で、1人に戻ることになった時、
最初で最後のチャンスだ、今行かなきゃ必ず後悔する、と思った。
場所は、はじめての海外旅行先で大好きだったポルトガル。
と思ったけど、直行便がなく、乗り換えの経由地で
チワワっ子坊やが貨物室になる可能性もあると言われ、
それは絶対無理と思い、あっさりポルトガルを諦め、
直行便があって、犬と暮らせる部屋が見つけやすそう、
と思ってパリに決めた。理由はただそれだけ。
パリは嫌いじゃなかったけど、住むことを考えたことはなかった。
でもとにかく私は海外に住んでみたかったのだ。
子供の頃はただ外国に憧れていただけだったけど、旅をするようになって、
世界は広い、国によっていろんなことが違う、
そう思うようになって、日本以外の国や世界に飛び込んでみたかったし、
日本に生まれて育って、当たり前に受け入れていたことたちが、
自分なりにいろんな経験をするうちに疑問に思うこともあって。
だから外から日本を見てみたいという思いも強くなっていた。
でも叔母や姉は、
今さら行ってどうなるのか、海外はそんなに甘くない、泣いて帰ってくるだけだ、
海外に行く人は語学を学びたいとか、音楽の勉強に行くとか、
ちゃんとした目的を持っている、
でもあなたにはそれがない、貯金を使い果たして帰ってくるだけだ、
と、とにかく大大大反対。
でも、両親がすでに亡くなっていたのでその代わりのような思いで心配している、
ということも十分わかっていた。
でも、
でも、何を言われても私の心はまったくぶれなかった。
確かに私は特にフランス語に興味があったわけでもなかったし、
何か特別なことを勉強したかったわけでもないし、何の特技もなかった。
でも、目的だけははっきりあったのです。
それは自分の昔からの一番の夢を叶える、ということ。
心は決まっていたのです。
国はどこでもよかったのです。
別の世界も見てみたかったのです。
で、家族が誰も賛成しない中、1人黙々と坊やと一緒に渡仏する準備を進めた。
かなり孤独な作業だったけど、坊やだけが支えだった。
持ち物は売れるものは売ったりしてほとんど処分した。
本当に必要なものってほんとにちょっとなんだとわかった。

                 ②へつづく

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R1132718

前回はフランスの結婚が家と家との結婚ではないということを書いたけど、
私が感じる日本とフランスでの結婚の違い①
今回は結婚そのものについての考え方を書きたいと思う。
私が今の旦那と結婚したのは旦那の家で暮らして一年たった頃。
理由はそれまでの私の学生ビザが限界気味になってきて、
じゃあ家族ビザにしようか、と。ま、特に、結婚してくれ!とかじゃなく、
ヨーロピアンだとビザは必要ないけど私のようなEU圏外の国の人間がフランスにずっと住むにはビザは絶対必要だしいろいろと面倒があるから。
ということでパックス(PACS)か結婚か、という話にもちょっとなったのだけど、
私が異国アジア人ということもあり結婚の方が落ち着くかな、
と旦那が考えてくれて結婚になった。
ちなみパックスとは1999年から法律で認められるようになった制度で、
もともとは同性カップルのためだったものだけど今は異性カップルの利用者がほとんどで、結婚より簡単な手続きで共同生活の契約ができ、
税法上で結婚カップルと近い利益が受けられる。
で、ま、うちらの場合は結婚したわけですが、このこと、
実は日本の家族以外にはあえて言わなかった。
というのも私なりのそれまでの経験からくる理由があって。
日本で前の旦那と離婚に向けて話し合いをしている時に派遣で働いていた企業で
(しかも東京ど真ん中企業)、
同じ部署の女性の同僚に、
あの人は結婚していないのに結婚しているふりをしていると憶測話をされ、
それを信じた人たちに無視されるという経験をしたことがあって、
離婚が遠くない時期だったので自分の旦那について余計なことを言っていなかったのが、
そんな憶測話につながったようだけど、憶測話にもほどがあると思ったし、
それを信じて皆で無視するということ自体も信じられなくてとても悲しい経験だった。
それ以前も、独身の友達がやはり会社で(彼女も東京ど真ん中企業)結婚してないことを同僚男性にしょちゅうからかわれ、泣いていたことがあってひどいと思っていたので、
結婚してるしてないを人の判断材料のように考えない人がいいと思うようになり、
そしてパリに来たら、
そんな人がほとんどでそれまたちょっとびっくり新鮮だった。
R1132721
フランスのカップルは結婚への拘りが強くなく、
同棲のまま子供を持つ人も多いし、パックスの人も少なくない。
そしてそれをわざわざ話題にするなんてこともない。
実は旦那も病気で亡くなった前の奥さんとずっと同棲で、一度、結婚どうする?
と聞いたら、このままでいいと言われたのでそのままだったそうだ。
旦那の兄弟や親せきも同棲のまま子育てしている人も結構多い。
フランスでは、カップル当人たちが自由に自分たちに向いたスタイルを選び、
女性がこのままでいい、なんてことも言えちゃうような社会なのだ。
だから私もフランスでの自分の選択について家族以外に言わないでいいと思った。
そしてそんなフランスだからシングルだって何か言われることはない。
それぞれがそれぞれのスタイルで暮らせばいいだけなのです。
フランスは変なとこもた~くさんあるけど、
前回の①も含めこのことに関しては私はとても素敵だと思っています。
ところで自分の結婚について話すようになったのにはわけがありまして。
旦那と暮らしはじめてからブログで旦那のことをずっと家主さんて書いていて、
結婚してからも家主さんて書いていたらある時旦那が、
もういい加減家主さんておかしいんじゃない、って。
で、何気にある日、家主→旦那に変更しておいたと、
ま、こういうわけなんです~。
ということで、フランスと日本での結婚の違い、終わらせていただきます。
それではマルシェに行ってまいります。

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R1132370 - Copie - Copie

顔の造作がかなり違ってて肌の色が違ってて言葉が違ってて文化が違ってて。
フランスに来る前は日本人と外国人はまったく違う、
と思っていたけど、
渡仏してこちらの男性と付き合ってみて、結婚をして暮らしてみて、
国は関係ないな、人間は一緒だな、とつくづく思う今日この頃。
だけど、結婚の環境やカップルの在り方、
あと結婚そのものに対しての考え方がまったく違うのはあって。
日本を出てみなかったらきっとずっと知らなかったなぁ、と思っている。
大きく違うことが2つ私はあると思うのだけど、
今回は1つめについて。
それは、フランスの結婚が家と家の結婚ではなくて、ほんとに2人のことだということ。
親や兄弟が何か言ってくることはないし親戚づきあいも超ラフで気を遣うこともない。
日本で長男と結婚してて、子供は?とか、いつか同居を、と言われ続けていたので
フランス式がちょっと可笑しいくらいにさっぱりで国でこんなに違うのか、
とはじめは目からうろこ状態だった。
市役所での結婚の時も簡素だったなこともあるけど家族は誰も来なかったし、
数日後に旦那が電話で報告して、おめでとう、言われ、どうもね~、みたいな。
旦那のお母さんはすでに亡くなっていて
お父さんがピカルディーの自分の家(旦那や兄弟も皆育った家)で恋人と2人暮らしだけど、行くのはほんとたま~に(前回行ったのは一年前)で、電話もたま~にで。
お父さんには私が嫁感覚は一切なく息子の結婚相手なだけで、
恋人との暮らしと自分の時間を大事にしている。
ときどきケンカしてるけど仲が良くてちょっと可笑しな2人。
すでにそれぞれ大人になった子供たちはその次の次くらい?っぽくて、
その兄弟や妹さんも皆同じ感覚でお互いの家庭に口出すことは一切ない。
けど、集まる時は集まってワイワイ騒ぐ。
親戚さんもそんな時に会う機会があるだけなので私は今もよくわかっていない。
家族や親せきづきあいもとても大事で、それがうまく行かないと
夫婦間に亀裂が入ることもまだまだある日本の結婚とは対照的で、
とにかく結婚は2人のこと、の印象が結婚して5年半経った今も変わらない。
自分も前の結婚で2人以外の部分でうまくいかなくなったことが大きかったので、
正直、このフランス式が超ラクなのはそりゃそうです。
そしてやっぱり愛の国、アムールの国、なんだなぁ、と思う。
R1132375 - Copie
フランス人たちはとにかく、
若くてもそうじゃなくても、たとえおじいちゃんおばあちゃんになっても、
パートナーが欲しいと思っている人がとても多い。
恋や愛は人生の中でなくてはならないもの的だ。
でも、だからそんな2人の間で愛がなくなった場合は別れにつながりやすい。
素敵なアパルトマンや家を共同で買っても愛がなくなれば別れる。
子供がいても、2人の愛が冷めれば別れることも多く、
しかも、もう愛してないかも、とパートナーに直に言った話&言われた話を
当人たちから聞いたことがある。
アプローチの時も相手の様子をうかがったりせずストレートだけど、
別れの時もストレートなのだ。
だから離婚が多いのかな、とも思ったりする。
日本では愛がなくなって別れるにしても
相手にそれをストレートに言うことは多くないし、
2人の愛がなくなっても家族の愛でつながってる場合も結構多いような気がする。
もちろん皆それぞれにいろいろだとは思うし、フランスも地域での違いもあるようだ。
以前暮らしたことがある南仏のニースはイタリア系フランス人が多く、
イタリア人の家族形態や結婚観は結構日本に近く、嫁姑&小姑問題もあると、
イタリア系フランス人と結婚している日本人女性たちが言っていた。
他にもやはり田舎に行くとパリなんかの都会ほどドライではないところもあるよう。
でもピカルディーの旦那の地元も田舎なので、
やっぱり基本的には本人たちの家族は介入しないのだと思う。
ちなみにフランスでの離婚は必ず弁護士を立てての協議が入るので
だいたい一年くらいはかかるのだそう
今、とても幸せな私ですが同居期間も入れるとまだ6年半くらい。
あと少しで前の結婚期間を超えるけど、
まずは10年めを今のままで迎えられたらいいな、と願っている。
でもその先だってわからない、と、前の結婚で学んでいる。
しかもアムールの国ですからね。
そしてその次の目標は、2人ともいつか田舎に移りたいと思っているので、
ベベっ子もみんなで一緒に移れたらいいなぁ、と。
そのためにも、一番はハートだけど、
出来る範囲で小奇麗にしていられるよう努力もやはり少し必要だと思っている。
でも旦那が自分のお腹は出てきてるのにあたしに厳しいのは納得いかない…。
ということで、次回はもう1つ感じている大きな違いについてです。
これは、結婚してない方にもぜひ読んでもらいたいと思っていることです。

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