パリ生活社ミルクとマカロン2

パリ郊外マルヌ川の流れる街の暮らしの中で、日本人として感じる思いを率直に綴ります。

septembre 2015




ねえねえ、今日の午後はカヌーだね!
と、青空を眺めながら旦那が嬉しそ~にニタニタ言った日曜の朝なのであった。







と言うことで、
またまたカヌーせっせこ運んでしゅっぱ~つ。


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moi「この小川はじめてだよね?」
旦那「うん、木に隠れてて気付かなかったんだねぇ」
moi「なんかいいここ~。ちょっとあれみたい」
旦那「何?」
moi「ディズニーランドのあれ」とイッツ・ア・スモールワールドをふふふんふんふんと歌い出して、
moi「知ってるこの歌?」
旦那「知ってるよ。ふふふ」

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moi「あの川岸住民さん、庭から気軽に釣りしてるよ。なんて便利~」
旦那「俺も来年釣りすっかな」
moi「なんで来年?」
旦那「免許が必要なんだよ。年のはじめに申請だからもう今じゃ遅すぎるから」
moi「え、フランスそうなの?」
旦那「そうだよ」
moi「ふ~ん。ニジマス早く食べたいのになぁ。ちぇっ。」

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moi「あの葉っぱ赤いね。秋少しずつ来てるねぇ」
旦那「そうだねぇ」
moi「夏行っちまったねぇ」
旦那「そうだねぇ」
moi「ふぅ~…」

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moi「しかしこの小川ほんと気にいっちゃった。あ、あたし漕ぐ?」
旦那「いいよ。ここ穏やかだから」

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moi「あ、なんかあのへん綺麗。ジャングルクルーズみたい。やっぱここディズニーランドみた~い♪」

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期待に(小さな)胸ふくらます妻。

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頭に浮かぶは(東京)ディズニーランド~。

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moiの心の叫び「わ~~い!」

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そして眩しい木々と光の間を通り抜けると…

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突然、ほんとに突然大きな川に出てびびる妻。
moi「な、な、なんかここデカ過ぎて恐いんだけど…」
旦那「急に大きな川に出たからそう感じるだけだよ」
moi「で、で、でもここデカ過ぎだよ…」
旦那「大丈夫だよ~」

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旦那「ほら、あの家素敵だよ」
moi「も、も、もういいの家とかは。は、は、早く帰りたいの!」
旦那「大丈夫だって~」
moi「だ、だ、だめ!恐い~!」

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旦那「じゃ、あの橋のとこで引き返そう」
moi「ダメ!遠すぎる!!」

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と言うことで、
ここでとっとと引き返し、岸辺に着くまで恐ろしくて心臓がバクバクな妻なのでした~。



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を、始めよう!
その前にご存知ない方はもしよろしければこちらを見てね。

シュワ子のある日曜日の朝

シュワ子と花粉とエマ子の日曜日

いんや、あの子はエマちゃんなのさ

パリ熱帯夜とアジアの風


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(さてさてじゃあシュワと夫が久し振りにマルシェに到着したところからです~)
えっへん。おっほん。
久し振りのマルシェは活気がいっぱいであった。
旦那&張り切りシュワ子はきのこやらかぼちゃやらローストチキンの間を足取り軽く通り抜け、いつも通り日曜ポルトガルバ~ルへ向かうのであった。

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相変わらずの光降り注ぐ青空テラス。そして、
相変わらずの…

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ん?あれ?あれあれ?
見慣れない女の子、そして予感。そっときいてみるシュワ子。
あ、あの、ヴェトナムの血をひくエマちゃんは?
ムッシュー、めっちゃさっぱり言い放った。
もういないね。
話し終わった…。

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帰りに寄ったルバーブマダムのお店にも、ルバーブマダムいなくて、ルバーブの季節ももう終わっていて。
こうしてせっかくはじめた秋のマルシェ物語はさっぱり終了したのであった~。
ちゃんちゃん。


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ここ数日、日本のニュースを見ていて自分なりに考える日が続いていました。
今回はそんなことを書いてみたいと思います。

私の母はガンで亡くなったのですが、最初に診察してもらった地元の病院でガンが見つかった時、担当の先生は母の意向をほとんど聞かずすぐに手術の話をして、それで母は納得がいかず、自分でいろいろな情報を集め、本も読み、その中からあるガンの民間療法の本を書いた先生のところに話を聞きに行き、免疫力を高める食事療法とそして先生が紹介してくれたマッサージ師によるマッサージで身体を定期的に温める、という治療を開始しました。
先生のところへは月1回行っていて、腫瘍マーカーを出してもらい、数値がどれくらいになっているかを見てもらい、食事の内容などを相談し終了という内容で、かなり高い費用。
その食事は炭水化物を多く摂らず、油や砂糖、もちろんアルコールなどもぬいて、とにかく野菜中心で、それ自体は普段から油っこいものはあまり好まず、野菜中心の食生活の人だったので大変なことはないようでした。
でもその治療から三ヶ月経った時には免疫力が高まるどころか、歩くのも少し辛くなってしまっていました。
で、家族で母と話し合い、とにかく今の状態を病院で診てもらわなくては、ということになり、私の住んでいた家の近くにあったかなりよく知られた大きな病院で、診察を受けたのです。
診てくださった先生はガンの名医と言われている方だったのですが、先生は、最初にガンの診断を受けた時に、すぐ自分のところに来てくれていればおそらく助けられただろう、と私たち家族に言いました。そして、そう長くは生きられないと。
でもそのことは母には言いませんでした。ガンがかなり進行してしまったことは本人がわかっていたし、とにかく遅いかもしれないけど出来る限りの治療を受けさせようと。
そして病院から近い私の家に母に移ってもらい、通院はもちろん、何かあった時にはすぐ行けるようにし、介護士さんにも週に2回来てもらえることになりました。
その家で、母はまだ例の先生の紹介のマッサージ師による身体を温める治療も続けたいと言うので、私もマッサージだけならと反対はせず、週に一度来てもらっていたのですが、母のベッドを置いた部屋は玄関を入ってわりとすぐのところだったので、いつも来てもらうとすぐに部屋に通す感じだったのですが、一度その人がなぜか母のベッドの部屋を通り過ぎ、奥のリビングが見えるとこまでやって来て、品定めでもするように見渡したのは今も忘れられません。
それから間もなく、母はベッドから起き上がることも出来なくなり、私は仕事と介護で本当に大変な毎日でした。でも母は私や介護士さんがいない時はベッドから動くことも出来ず、慣れないマンションの一室で1人ぼっち。天井を見つめて何を思っていたのだろうと思います。あの時仕事を辞めてずっとそばについててあげればよかった、と今でも後悔が残っています。
そしてさらに体調が悪くなり入院。
亡くなる前の2日間くらいは、叔母と2人で暮らしながら教師をしていた若い頃のことばかりを叔母と話していました。何度も何度も、あの頃に帰りたい、と言っていました。仕事が大好きな人だったけど仕事をしていた時の話は一切出てこなかった。
それを見ていて、母にとって一番楽しくて輝いてた時はその時なんだな、と思いました。
そして家族が見守る中、意識が朦朧としながら何度もゆ~っくり吸ってははいていたその呼吸がある時、戻って来ませんでした。人間の命が終わるあっけなさと儚さを客観的に見る自分がいました。そしてまるで自分の最期も見たようでした。
あれから生きること、人生について、考え方が徐々に変わっていき、そして一番の夢だった海外で暮らす、ということに結局つながった、と自分で思っています。
そして自分は最期の時、思い出すとしたら何だろう、と思うと、それはフランスに来てからのことだろうと思っています。そう思うくらいに本当にフランスに来てよかったと思っています。
けれど、ここ数日不安になっています。
母の経験もあり、自分がもしいつかそうなったら食事療法などは出来る範囲で自分でし、化学療法も受けたいと思っているのですが、その治療をここフランスで受けることに不安を持ったのです。
言葉の壁もそうだけれど、うちの犬たちの治療を見ていて大ざっぱさがときどきあるのを感じていて、それでも元気なので現実的にはまだ考えていなかったのだけれど、今回の日本のニュースで改めて考えさせられる中、たまたまこちらも読んだから。
→「★ オシャレをしながらガン治療 in FRANCE ★
フランスでガンが見つかり、治療を続け、その後日本での治療を選択した方のブログです。
実はご紹介させていただくのにためらいがありました。
でもこの方は、自分の経験を1人でも多くの人に知ってもらいたいと思ってこのブログを作ったのだろうと思いました。ブログタイトルからも感じていただけると思うのですが、前向きに、その前向きさも含め大事なことを伝えてくださっています。
フランス医療は進んでいるとはいうけれど、フランス人のおおざっぱなところ(場合によっていい時もたくさんありますが)が万が一命にかかわってきた場合は恐いとこれを読んではっきりと思ったし、自分だけじゃなくフランス人だけど旦那がもし大きな病気にかかった時のことも考えなくてはと思いました。
多くの方に是非読んでいただきたいですが、在仏日本人の方には特に読んでいただけたらと思っています。

そして、病気についてを書いてきましたが、もう1つ、こちらで暮らしている日本人の知り合いとときどき話すことは、たとえばパートナーがいる人ならば、パートナーに何かあった場合、自分はその後どうするのか、どうなるのか、と。そしてそれは1人で暮らしている人もそうだし、お子さんのいる人もそうだし。こちらに残るのか、日本に帰るのか。それから自分に何かあった時も、こっちでお墓に入るのか、それとも日本か…など。自分はしょっちゅうフランスに来てよかった、と言っているけど、そのことも含めこれから現実的に考えなくては、と。
人生の中で一番ゆっくりとした時間を過ごしてきましたが、ちゃんと考える時が来たように感じている今です。


長くなってしまいましたが、最後に。
空に行った方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
そして、今病気と向き合っている方々が1人でも多く、1日でも早く回復なさいますように。




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9月に入りブロカントもちょこちょこ始まっているのですが(8月のヴァカンス期はブロカントはあまり開かれません)、久しぶりに先ずエマウス→「エマウス(emmaus)楽し大好き♪」へ行ってまいりました。
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一番はじめに入った家具専門コーナーではこの両脇に収納の付いた鏡、いや、鏡の付いた収納かしら、の古いかなり素敵な家具を見つけ、見とれた~。お値段はエマウスにしてはちょっとお高い120ユーロ。でも120ユーロ。で、しばらくここから離れないでいたら旦那に、置くとこもうないでしょ、って言われあっさり却下された~。確かにありません。く~っ…。
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そしていつも通りお皿さんたちの小物買いをいたしました~。
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先ずは葡萄柄のお皿2枚セット。ってか2枚あっただけのことですが。
若干色が薄くなっている部分もありますが、今の時期に合うしかわいいです。
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これはBadonvillerというフランス東にある街のアトリエのもの。
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これは温かみのある濃い黄色の花柄のかなり状態のいい大皿。
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Linévilleというこれもフランス東にある街の、1748年にはすでにあったアトリエのもの。でもこのお皿がいつのものかは不明です。
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そしてこれはご紹介させていただいた他のお皿同様ガラクタの山っぽい中から見つけたのだけど珍しく2ユーロの値段のシールが貼られていたお皿さん。裏を見たらアトリエ名は入っていなかったのですが、甘い色合いと真ん中の貴婦人&殿方の絵がいかにもフランスっぽくて気にいったもの。
で、他の値段のついてないものとこれとをお値段を決める窓口に持っていったら全部で2ユーロですって。え?ど、ど、どいうこと?いいの?そんなざっくりで。でも、ま、いっか。やった~♪ って。
って言うことで小さなラッキーをいただいた9月初エマウスなのでありました。

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同じ建物に住むらしいその女の子はいつも1人階段に座っていたり、公園のベンチに座っていたりするので、まるで家なき子(日本のドラマの安達祐実ちゃんの方)みたいでかわいそうだなぁ、と思って、時間がある時、しょっちゅう一緒に近くに出かけるようになった。
ある日、近くに住む私のお姉ちゃんの部屋に2人で遊びに行くと、部屋のあちこちにいろいろな貝と食べたあとの殻が山盛りになっていたり、皿から零れ落ちて床にも落ちていた。
な、な、なんだ、と思っていると、お姉ちゃん、
今、貝に凝ってるの。美味しいの♡って言う。
それにしても食べ過ぎじゃない?大丈夫か?と見回していたら、お姉ちゃんが突然上半身ブラジャーだけで隣りの部屋からぬっと出て来て(下は何か履いていた)、
ジャ~ン!これどお?素敵でしょ~、とブラジャーの胸をとがらせて言ってきた。
いきなりだからビックリしたけど、確かに薄いピンク紫で繊細なフリルがついていて綺麗だった。しかしまるでブルボン王朝時代のご婦人方の谷間のように不自然に寄せ上げ状態になっていた。が、一応、
うん、綺麗だね、と答えると、
2つ買わない?ってお姉ちゃん。
はい?って私。でもすぐはは~んと思って、
お姉ちゃん、ねずみ講やってるの?と強い口調で訊くと、あっさり、うん。って言うので、私ずっこけそうになりながら
昔友達が化粧品買え買え言ってきて友達なのに悲しい、って言ってたでしょ。なんで同じことやってるの?って怒って言うと、お姉ちゃん、悪びれた様子もなくアメリカンのように首をすくめ、
いいじゃない、2つくらい、ってシレっ~っと言って、大人しい家なき子みたいな女の子に、
ねぇねぇ、お腹減ってない?何か作ろうか。何がいい?と聞いた。
女の子が、トマトのパスタ、と言うと、料理がうまいお姉ちゃん、さっさとキッチンの方へ行っちゃったので、私は、ため息をつきながら、そのお金でこんなに貝食ってんのか、ともう一度見回し、それからよっこらっしょっと立ち上がり、テーブル半分以上くらい埋め尽くしている貝や床に落ちてる殻やらを片付けながら思ったのだ。
こりゃやめさせないとだな、やれやれやっかいだな、って。

          
                  〈昨日2015年9月23日明け方の夢より〉




※前回の記事で書いた最近ショックだったことと少し前に食べたムール貝のせいなのか、こんな夢を見ました。しかし夢の中では貝の中にムール貝は1つもなく、ハマグリとかなんかよくわからない高そうな貝ばかりなのでした。ちなみに本物姉ちゃんはねずみ講は一度もしたことがありません。いや、そのはずです。それにアメリカンのようなラフさはなく結構真面目ちゃん。あ、でも化粧品は確か少しの期間買わされてたと記憶します。そして私は下着を買わされそうになったことがありま~す。逃げましたが。


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