パリ生活社ミルクとマカロン2

パリ郊外の日常の暮らしの中で、日本人として感じることを率直に綴っております。

février 2020

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パリのオペラ地区は老舗デパートのギャラリーラファイエットや
プランタンがあります。そして日本人街でもあるので、
日本人とアジア人がたくさん来る場所。
なので、そういった日本人も含めたアジア人を狙った、
ロマ人のえせ署名お金要求&スリが多発する場所。
で、この日はそれよりもまずコロナウィルスの影響はどうかな、
と思いながら歩いたのですが。
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通りかかったシャルルドゴール空港行きの
ロワシーバスの乗り場の付近で、日本語が聞こえてきました。
で、すぐそばにいたアフリカ系の男性がそこに向かって何か怒っていたので、
ふと立ち止まって、日本語の方を見ると、日本人の年配の女性2人が、
ロマ人の女の子2人に署名ボードに記入させられている最中。
ロマ人の女の子は超愛想よく「ニホンジンデスカ?」と聞いていて、
署名してる日本人女性たちも愛想よく、
そうなんですよ、と笑顔で答えております。あちゃ~。
で、私がそこに行って、日本人の2人に声をかけようとすると、
例のアフリカ系男性が、私に、よくないぞ!と怒ってきました。
でも私は意味が分からず、とにかく、日本語で日本人2人に、
日本人ですか?その署名はしてはダメだと思います。
この後お金を要求されます、と言うと、
2人は、ああやっぱりね、と言って、
署名ボードをすぐロマ人の女の子に返すと、
すごい速さですたすたと行ってしまいました。
するとロマ人の女の子2人はアフリカ系の男性を囲んで、
何なのよ、アンタ!と文句を言って去っていきました。
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アフリカ系の男性はロマ人の女の子にやめろ!と注意していたんですね。
で、たぶんですが、私は沖縄出身の父似の顔立ちなので、
アフリカ系男性は、一瞬私をロマ人仲間と思ったのではないかと思います。
でも日本語で日本人に話かけたし、二度見すればアジア系と理解?!
でもその後、彼はロマ人女の子に囲まれ、
何なのよアンタ!と責められちゃったという。
今回はこれで終わりましたが、
パリに旅行に来る方はガイドブック等でロマ人のえせ署名に注意!
というのを知っていると思うのだけど、
パリに着いたらそれが抜けちゃうのでしょうねぇ。
しかもツアーじゃなく、慣れてない感じなのに2人きりという。
でもそこは私は、自分が1人旅をはじめてした時や、
その後の世界1人旅での素晴らしい経験を知っているので、
応援したい気落ちが強くあります。
ただし、今回たまたまアフリカ系の男性と日本人の私がいたけど、
これ以後はホント自分たちで気をつけなくてはと思いました。
で、もう絶対署名しないで無視してください、
と、伝えたかったのですが、なんせ去り方が速かった~。
もうその後ろ姿からして危ない。怖かったのかなぁ。
この時はもうコロナウィルスのことふっとびましたよ。
後はもう自分の責任ですね。
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オペラ地区のアジア系食品屋さんで欲しいものがあったので、
行ってきたのですが、このモンサンミッシェル記事で、
フランスハネムーンで絶対外さないモンサンミッシェルツアー⑴
場所と行き方・準備編

お世話になった日系旅行会社さん「エミトラベル」さんの
オフィスが近かったので寄ってまいりました。
ちょうどエミトラベルさんのバスが発車準備中で、
お顔を知っているガイドさんがいらっしゃったので、
コロナウィルスによる日本人のお客様の
ツアーへの影響をお聞きしてみました。
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そうしたらまったく問題ないとのことで、
今日もすごいお客様なんですよ、と。
本当にそうでこの時のバスはモンサンミッシェル行きだったのですが、
大型バス2台が満席状態。
なので日本から来て、パリ発日系ツアーに参加予定の方は、
それほど大きな心配はいらなさそうだな、と感じました。
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1つ違っていたのが、マスクをしている方が1人だけだったこと。
皆さん事前の情報で、パリでマスクをしていると、
コロナウィルス感染していると思われてしまうかも、
ということをご存知なのだろうな、と思いました。
パリを歩いていても、いつもとても多い
マスクをつけたアジア系の人がほとんどいませんでした。
中国系の旅行者がめちゃくちゃ減っているというのもあるし、
少なくなったその中国系の方でさえもマスクなしさんばかりでした。
そんな中で電車に乗ってもパリを歩いても、
私もアジア人ですが、コロナウィルスによるアジア人差別は、
特には感じませんでした。
電車も私を避ける人がいるかも、と思っていたけど、みなふつ~。
コロナウィルス騒ぎ前と何も大きく変わりません。
なので、近々パリ旅行の予定がある方々は、
フランスのコロナウィルス感染者が11人から増えていない今の時点で、
それほど心配・不安を持たなくても大丈夫かと思います。
万が一どこかで避けられたら、ただウィルスが怖いだけなので、
気にしないで、せっかくの旅行なので楽しんでくださいね。

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東京にいた頃、お店の前をしょっちゅう通っていたのに、
入ったことがなかった1949年創業の
日本初のインド料理店「ナイルレストラン」。
帰国した時に行ってまいりました。
この外観、東銀座の目印にもなっております。
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歌舞伎座と目と鼻の先なので、
亡くなった十八代目目中村勘三郎さんをはじめ、
歌舞伎俳優さんや関根勤さん、そしてあのタモリさんも
ここのカレーのファンであることが知られています。
TVや雑誌なんかで見る有名な二代目ナイルさんも、
いらっしゃって、お店の中をこまめに回っておりました。
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いただいたのはお店の看板メニュー「ムルギーランチ」1,500円。
カレーソースで煮込んだ骨付きチキンにイエローライス、
温野菜のキャベツ、マッシュポテトが盛られています。
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これを持ってきてくださったインド人のサービスの方が、
チキンをほぐして食べやすくしてくださいます。
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さあ、これでいただこう!とするとナイルさんがすかさずやって来て、
うちのカレーはよ~く混ぜてね。混ぜ過ぎくらい混ぜてね、とおっしゃって、
こちらが混ぜるのをしっかり確認?してくれます。
なのでよ~く混ぜて初お試し。
ほどよくスパイシーだけど温野菜も混ざるのであっさり優しい味わい。
誰からも愛されるお味と思いました。来てよかった♪
住所・・・東京都中央区銀座4ー10ー7
TEL・・・050ー3491ー4262
地下鉄日比谷線「東銀座駅」から徒歩1分
HP→ナイルレストラン

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実は私が長く通っていたカレー店は、
神田神保町の老舗ここ「エチオピア」。
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今回の帰国では食べるタイミングがなかったのが残念なのですが、
ムルギーランチとはまったく違うタイプのスパイシーカレー。
特徴はクローブがしっかり効いていること。
野菜カリーと豆カリーがわたくしのおすすめです。
(ああ、やっぱり食べておくんだった…)
住所・・・東京都千代田区神田小川町3-10-6
TEL・・・03ー3295ー4310
地下鉄「神保町駅」から徒歩5分
HP・・・エチオピア
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そしてもう1つ、新宿のリコーイメージングスクエアに行く時に、
(自分のカメラの1つがリコーなので)
寄っていたのがドライカレーの名店「カフェハイチセンタービル店」。
直系と言われるカフェハイチが中野で再開しているようですが、
私はこちらの暖簾分け店に来ていました。
なぜならリコーが通路をはさんですぐ目の前なのです。
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店内はザ・昭和です。これがいいんです。
この日修理に出していたカメラを受け取りにリコーへ。
(リコーの窓口の方お2人の応対が素晴らしくて感動しました)
でも午後の中途半端な時間だったので
ドライカレーのルーだけ買って持ち帰りにしました。
ここはハイチコーヒーも美味しいのですが、
午後4時以降のカフェインは夜眠れなくなってしまうので、
コーヒーは断念。残念です…。
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温めるだけのドライカレールーがコチラ。
お店ではごはんの上に丸く広げられて出てきますが、
夜はなるべく食べる量を控えめにしているので
カレーのみいただいたのですが…。
やっぱりごはんが必要でした~。
でも今回いただいてみて料理をたくさんするようになった今なら、
もしかしたら少し近いものが自分で作れるかも、
と思ったので挑戦してみるつもりです。
この3店舗は日本で生まれた日本発祥カレー(カリー)。
それぞれが違う味わいで日本にいたら定期的に食べたいあと引くお味。
パリにもインド系を中心にカレー屋さんがたくさんありますが、
フランス人は辛いのが苦手な場合が多いので、
まったく辛くないことがほとんどなんですよね。
でも辛くないカレーはやはり大きく物足りない。
日本のカレーはやはり最高です!ラーメンもだけど♪

住所・・・東京都新宿区西新宿1-25-1新宿センタービルMB1F
TEL・・・03ー3342ー3674
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マリー・アントワネットの最後の家プチ・トリアノンを
担当サイトの方でつい最近ご紹介させていただきました。
フランスハネムーンで絶対行きたい!
世界遺産・ヴェルサイユ宮殿【離宮・庭園編】

この記事を書いている時にちょうど、
マリー・アントワネットが人生最後の2ヶ月半を過ごした
シテ島の牢獄コンシェルジュリーで、
「マリー・アントワネット、イメージのメタモルフォーゼ」
展が開催されていたので行ってまいりました。
初コンシェルジュリー訪問でしたが
ヴェルサイユの歴史を詳しく確認した時期だったので、
とても興味深いものとなりました。
でも今回記事は暗く悲しい内容となりますので、
苦手な方、気持ちが滅入っている方はスルーなさってください。
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もともとは中世フランス王国カペー朝(987ー1328)の王宮だった建物ですが、
14世紀後半から牢獄として使われるようになりました。
特にフランス革命後1793年からの2年間は、
「死の牢獄」「ギロチンの控えの間」と呼ばれ、
この牢獄に入ると必ず死刑になると言われていました。
そんな場所に一歩足を踏み入れてまず思ったのは、
たとえ遠い昔でも、王宮だったという雰囲気が
まったく感じられないということ。
美しく整ってはいるけど暗く重くがらんとした冷たい空間で、
こんな場所にいっときでも住みたくない、という印象です。
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マリー・アントワネットはこの牢獄にいる間に、
一度脱出のチャンスがありました。
でも最後の最後に監視兵の1人に行く手を遮られ成功しませんでした。
それまでは地上1階にある独房でしたが、
この脱出失敗の後、地下のより暗く狭い独房へと移されます。
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今は小さなチャペルになっているのが
マリー・アントワネットが過ごしたその独房です。
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いつも2人の監視兵に衝立1枚をはさんで見張られる中、
ベッド、机、椅子、そしてトイレしかないこの小さな部屋で、
好きな刺繍や編み物は禁止されていたため、
唯一許された読書などで時間をつぶしたようです。
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中庭がありますが、そこにマリー・アントワネットは出ることは許されず、
ほとんど光を浴びることもなく独房の小さな窓から何とか光を見る生活。
他の囚人は短時間ですが出ることが出来ました。
しかしこの中庭は、死刑を言い渡された囚人が、
ギロチン台に連れていかれる前の待機場所としても使われていたんです。
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ここに入った時にはもう体調を崩していましたが
十分な毛布も暖かい服もなくさらに悪化。
食事もあまり喉を通らなくなっていたため
下部消化管の出血がひどくなっていました。
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展示ではマリー・アントワネットが処刑日の1793年10月16日の早朝に、
義妹のエリザベートへ宛てた手紙もありました。
優しい義妹への感謝と、子供たちが気がかりなこと、
同じ年の1月21日にすでに処刑になっていたルイ16世のもとへ
毅然とした態度で行く覚悟などが書かれています。
ここにはヴェルサイユで華やかな暮らしをした、
無邪気で活発な王妃の姿はなく、
普通の1人の人間、女性、母親としての
率直で切実な気持ちが綴られています。
しかしこの手紙はエリザベートには届かず、
エリザベートもまた翌年5月に処刑されてしまいます。
そして王政復活後、ルイ16世の弟ルイ18世によって公開されることになります。
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死刑執行のため中庭へ出された時は、
もう華やかで輝いていたマリー・アントワネットの面影は
どこにもありませんでした。
身体はボロボロで目もあまり見えなくなっていて、
人の手を借りないと歩けなくなっていました。
37歳でしたが老婆のように見えたとのこと。
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当時のマリー・アントワネットが描かれた絵がありました。
この絵の前でしばらくたたずんでいる人を見かけましたが、
私もですが誰もがショックを受けると思います。
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これはマリー・アントワネットがギロチン処刑が行われる、
コンコルド広場に向かう時に履いていた靴です。
サイズは23㎝。身長154㎝と小柄だったので足も小さめだったのですね。
そして1793年10月16日12時15分、刑が執行されました
あまりにも哀しい最期です。
ヴェルサイユ、そしてこのコンシェルジュリーを見て思ったことは、
まだ子供の14歳の時に政略結婚でオーストリアからフランスに来て、
慣れない国の窮屈な宮廷生活で、オーストリア女と陰口をたたかれ、
そりゃおしゃれやパーティーが発散になってもしかたないように思います。
けれど王妃がプチ・トリアノンの人口の村里アモーで
子供たちと農民ごっこをしていた時、
本物の農民たちは食べるものさえなく、愛する子供たちを次々に失って
どんなに悲しかっただろう、王室が憎かっただろう、とも思います。
そして最後にマリー・アントワネットも、
取返しのつかない大きな苦しみを受けることとなったという…。
フランス革命は起るべくして起こったのだな、と思いました。
もし、これからヴェルサイユに訪れるという方は、
ぜひコンシェルジュリーも見学されることをおすすめします。
順番はやはりヴェルサイユの後がよいと思います。

住所・・・2 boulevard du Palais 1区
開園時間・・・毎日9時半から18時
メトロ・・・「Cite」「Saint-Michel」④号線

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最近はまっている「ブリー・セック・ノワール(Brie sec noir)」。
ブリー地方のクセが少なく濃厚な白カビチーズのブリーを、
時間をかけて水分を飛ばし熟成させたチーズ。
少し前に旦那の古い自転車仲間さんにいただいて以来大好きになった、
フランス人でも知ってる人だけが知っている珍しいチーズなんです。
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周りの皮は黒っぽくなっていて中はイタリアの
パルミジャーノレッジャーノチーズのように固くなっています。
これはまだ少し柔らかさが残っていたのですが、
熟成期間によってはほんとカチカチのもあるんです。
これはもうハード系チーズ!
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これを薄く切っていただきます。
まろやかなブリーが熟成によりうまみのある風味になっているんです。
スルメなどの魚の燻製系とかフグのひれ酒なんかと通じるうまみ。
ちょっとカラスミのうまみとも重なります。
で、これが赤ワインとの相性が抜群!
我が家はこれがあると軽く1本飲んじゃいます。
去年の11月日本に帰った時に、
セミハード系チーズは大丈夫だったけど、
ウオッシュタイプのチーズは日本に到着してすぐ
カビが生えてしまったことをこの記事で書きました。
フランスと日本、無事だった土産とカビが生えた土産
でもこのブリー・セック・ノワールだったらしっかりカチカチハードで、
長時間の飛行機で日本に持ち帰っても、
カビの心配が少なく日持ちするので、
しばらく美味しくいただけると思います。
特別なお土産にぴったり。ご自分用にもいいですね。
それでもやはりしっかり包んで保冷剤と一緒に保冷バックに入れて、
スーツケースに入れていただくのは大事です。
購入はチーズ専門店となりますが、
ちょっと珍しいので置いていないお店もあるかと思います。
大きなお店やデパートなどで探してみてくださいね。

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