
少しあいてしまいましたがコチラの続きで、
→「6月の日曜日、モネの庭」
今回は「モネの家」のご紹介で最終回となりま~す。
花々が美しく咲く広大な庭の中に建っているこの家は
ピンクと緑の鮮やかな配色が印象的。
モネは写真にも興味を持っていたので彼が残した写真がこの家や、
庭の再現にも大いに役にたっているそうです。
で、ここは入り口ですが、
同じ場所で撮られた写真も残っています。
でもどれがモネかな。ちょ~っとわかんない。真ん中の方かしら…
こんな色合いはいつも明るく感じられてよいなと思います。
以前住んでいたパリ19区のアパートの部屋の壁は明るい黄色だったのですが、
お天気が悪くても部屋がいつも明るい雰囲気で、
小さな小さなお部屋だったけどチワワっ子坊やと2人(ぴき)で楽しい日々でした。
(話脱線しちゃった)
さて、一歩入るとまず青の間という小部屋がありまして、
日本画が部屋中飾られております。
モネがどれだけ日本に憧れていたのかがわかりますね。
日本人としては…嬉しい!!
そしてこの奥には、
大きな窓が印象的なアトリエ兼サロンです。
これらの調度品は80%が当時のままのものだそう。
もちろん扇風機は違ってて
この日あちかったのですよね。でも冷房はありません。
これは当時のこのサロンでのモネの一枚。ここに、
2017年の6月のある日曜日は人がい~っぱい。
今度は食堂へとまいりましょう。
ここは壁も家具などもほとんどがレモンイエロー。
これは当時としてはとてもモダンだったそうですが、う~ん、かわいい♡
そしてこちらは当時のこの食堂でのモネ。
優秀な女性コックさんがいて、庭に菜園もあり、
しょっちゅう友人たち(セザンヌ、ルノワール、カイユボットなどなど)を呼んで
テーブルを囲み食事を楽しんだそう。
きっと食いしん坊だったのね…
ここにも日本画がいっぱい。
これは「HIROSHIGE」の作品。
窓からは「クロ・ノルマン」、花の庭の風景。
明るい黄色に窓の向こうの緑が映えます。
今度はガラッと変わって台所です。
ここは壁一面に青のタイルが貼り付けられ、青で統一されています。
うちの台所は狭いので広くて羨ますぃ。
なんて、モネさん家の台所と比べるなんてずずしいですね。
そして上の階に上がると、
モネ、次女のブランシュ・オシュデ=モネ、妻のアリスの
それぞれの寝室となっております。
ブランシュは、アリスの亡くなった旦那さんでモネのパトロンでもあった
エルネスト・オシュデとの間に生まれた子供で、
後に、病気で亡くなったモネの前の奥さんカミーユとの間に生まれた
長男、ジャンと結婚しています。
パリからそう遠くない場所だけど、
ここでの暮らしを家族で楽しみ、愛したのでしょう。

1840年にパリで生まれ、
1883年からの43年間、1926年に86歳で亡くなるまで、
ここで暮らし続けたモネ。
そして91年後の窓辺では少年たちが何やらアンニュイ気味におしゃべり中。
まだそれほど興味をうんと持てる年頃じゃないかな?
でももっと大きくなると、
このモネの暮らした場所の空気感と時間の流れとそこにいれることの不思議な素敵さが
ふ~っと感じられるんですよね。と、moiちゃんは思うな♡
日本語のHPです→「クロード・モネ財団」
これならわかりやすいです。
おわり
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