今日のパリの最低気温は12度、最高気温は18度で、お天気は曇りとなっております。
ここ数年の間に、友人の親御さんが要介護になったり、亡くなることが続いております。
でもその友人たちが中年になったので、その親御さんに何か起こってきたり、介護が必要になってくるのはしかたないこと。
皆それぞれに家族間のことも含め、複雑な思い、悲しい思いを経験しているようです。
私の場合は父が26年前に、母が19年前に亡くなったのですが、親を亡くすのが周りの友人たちより結構早くて、介護もその分早くに経験しました。
特に大腸癌を患って人工肛門になった母の介護は、仕事もしていたので本当に大変で、精神的な疲れと肉体的な疲れで、がんばって食べても人生初の30㎏台まで体重が落ちたくらいでした。
家族間で介護についての衝突も何度かありました。
その時に言われた「やれることをやる」という言葉は今でも忘れられません。
介護をやってみると、皆が「やれることをやる」と言っていると回りません。
なので結局その回らない分を「やれることをやる」以上にやる性格な人に負担がかかってきます。
それ以来「やれることをやる」という言葉が好きじゃなくなりました。
でも今は思います。
家族でも考えが違うのは当たり前だし、それぞれが自分が正しいと思っているので、自分の思う正しさを押し付けられはしないな、と。
そして押し付けようとしても結局平行線のままでした。
そんな介護経験から19年経って今フランス暮らし。
母の息が止まる瞬間、命が終わる瞬間を目の前で見て、自分の死をも見た気がして、やりたいことはなるべく早めにやろう、と思いました。
それが自分が渡仏を実行する大きな力になったように思います。
もし父か母かどちらかでも生きていたら、私は海外に住むという長年の夢を叶えていなかったかもしれません。
もし渡仏していなかったら、今どんなふうに生きていたのかな、と、ときどき思うこともあります。
それはそれでまた別の幸せを見つけていたかもしれません…。
でも、夢を叶えられた今がやっぱりベストです。
なので 私の場合は父と母が、あたしたちは一足先に空にいくから、あなたは夢を叶えるために行動しなさい。
と言ってくれたと思っております。
子供の頃から星にしょっちゅう願いをかけていたのは、お父さんとお母さんが長生きして、1日でも長く一緒にいられますように、ということでした。
でもその願いはまったく叶わず、2人共長生きしませんでした。
けれど、それが悪いとかではなく、父と母の人生はそうで、私の人生はこうだったと思っております。
今は星を見上げると、もう願いはかけなくなり、いろんなこと全部ありがとう、と思うようになりました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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コメント
コメント一覧 (4)
やれることをやる・・・
気がついた人がやる・・・
結局やらない人の口実なのかな?
今、年を重ねてそろそろ自分のこれからのこと考えておこうとは思うけど、
終活、断捨離・・・あまり考えると周りがが無彩色になって寂しくなります。
同じ考えるでも着物出して虫干し、整理整頓しょうかな?
キッチン用品も捨てるのではなくピカピカに磨く・・・
毎日明るく元気な気持ちで過ごしたいと思う。
自分の人生、楽しく終わりたい。
おばあちゃん、面白かったよね。と孫たちに言われたい😁
moiさんは、26年前、19年前と…若い時に親御さんを失くして、早くに経験しましたね。
特にお母様の介護は大変でしたね、
人工肛門なら、かなり大変そうです。
30キロ台はヤバいですね…💦
「やれることをやる」という言葉。
自分がやれる程度の事だけやっていればいいという意味ですね。
ところが、自分が負担にならない範囲でという意味になっており、
皆が「やれる事をやる」と、言っていると、介護は回らないんですね。
誰かの過大な犠牲でやっと介護が成り立つ傾向にあるんですね。
「やれる事をやる」以上に、無理してやる人に負担がかかり、犠牲を強いられるんですね。
そんな経験すると「やれることをやる」という言葉は嫌な言葉ですね。
早く亡くなってしまう人をみると、やりたい事は早くやらねば、
夢はかなわないという事に気付きますね。
うかうかすると叶う前に人生が終わります。
それが渡仏の原動力でもあるんですね。
でも御両親が今も健在なら、時々、フランスに
遊びにくる事もあったかもしれないですね。
やれることをやる、という言葉は、無理せずやる、背伸びせずやる、といった悪くない意味もあると思うのです。
でも介護の時は、皆で手分けして少しずつ無理をしないと、誰かに負担がかかるな、と経験で思いました。
人生後半になると、残りをどう生きるか、を考えますね。
でもyurarinさんのブログのサブタイトルのように、うんと楽しまなくちゃもったいないと思います!
元気に生きてるだけで丸儲け?!
くらいの明るい気持ちで。
私は子供がいないので、yurarinさんのように、おばあちゃん、面白かったよね、って言ってくれる人が残念ながらいないので、誰にも迷惑かけずそっと終われたらいいな、と思っております。
人工肛門の手伝いは、朝仕事行く直前にもれて急いで片づけたりと、大変な時もありました。
でも本人が1番ショックなんですよね…。
今はもっと性能が良くなっていれば良いな、と思います。
介護の時に言われた「やれることをやる」は、自分も生活があるから無理し過ぎずやる、という意味だったと思います。
でも、皆がやれることをやる、より少し頑張らないと、介護は回らないな、と経験で思いました。
私が無理してがんばっちゃうところがあったので、自分のせいもあったと思います。
「やれることをやる」という言葉は、自分の身の丈以上のことをやろうとする人に、無理しない範囲で自分らしくやればいいんだよ、という意味でも使えますが、この時以来、微妙な言葉だと思うようになりました。
早めに両親の死を経験したことで今があるけど、はい、もし生きていたら、フランスにしょっちゅう来てもらって、いろいろと連れていってあげたかったです。
ポルトガルにも。