パリ生活社ミルクとマカロン2

パリ郊外マルヌ川の流れる街の暮らしの中で、日本人として感じる思いを率直に綴ります。

週末の独り言

パリ庶民の暮らし情報と料理を中心にご紹介してるmoiです。

日本で働いていた時、30歳で東京に出てきたという同僚と親しくなりました。

彼女は茨城出身で地元の銀行で働いていたのですが、親と1年間口をきかず、そのまま東京に出てきていました。

親と口をきかなかった理由は、親があまりにも結婚結婚と言い続けるので、心底腹が立ったからとの事。

その頃私自身は親には、結婚してもしなくてもどちらでもいい、と言われていて、そんな中付き合っていた人とそのまま結婚しておりました。

(その後離婚しましたが)

でも親に結婚のことを言われプレッシャーになっている友人を何人か見てきたし、中には、親や周りに結婚結婚言われて、出会って間もない人と結婚が決まったけど、結婚式の直前にキャンセル、という子もいました。

そんなこともあって、彼女のその気持ちを少しは理解できるつもりでした。

でも、やはり結婚していなくて大きなプレッシャーになっていたという彼女の地元の同級生の話を聞いた時、かなり衝撃で、日本の古い結婚観というものに改めて疑問を感じたことがあります。

その同級生は妹の結婚式当日に自殺したそうです。

親にも周りにも結婚結婚と言われ続け、結局姉より先に妹が結婚することになり、絶望してのことだそう。

何も自殺するまではなかったと思う、と同僚は言っていたけど。

人は皆それぞれ性格が違って、好きなことも嫌いなことも楽しいことも悲しいことも、そして傷つくことも違います。

亡くなったその同級生は、地元での親や周りからの目も自分の気持ちもとてもきつかったのでしょう。

その時に、結婚結婚ってプレッシャーをかけることも、それで傷ついて自殺してしまう人がいることも、これはちょっと普通じゃないな、と思いました。

その後フランスに来たのですが。

そしたら、フランスでは皆それぞれ自分の人生なので周りはまったく関係なく、基本的には周りが口出すこともありません。

カップルの場合は結婚でもPACS(法的に認められた共同生活のための正式な契約)でも事実婚でも、自分たちがしたいような形を好きに選ぶし、シングルなら自由なシングルの人生を謳歌しております。

日本では何か「30歳」というのが(特に女性にとって?)とても大きな節目のようにとらえられているし、30歳過ぎたらオバサン扱いする人たちも今だに少なくないようですが。

フランスで30歳はまだまだこれからだし、30歳でオバサン扱いなんて300%あり得ません。

ブログで以前も書いたことがあるけど、もしいくつの女性でもオバサン扱いする人がいたら、その人の方が幼稚で人格を疑われるだろうと思います。

結婚や年齢だけじゃありません。

私は前の旦那と離婚について話し合っていた時、渡仏に向けて準備をしながらある企業で派遣で働いていました。

その時、すぐ’隣の部署のお孫さんがいる女性社員に、子供作らないの?作りなさいよ!

と何度も何度も言われて、とても辛かった経験があります。

東京ど真ん中の大企業でです。

私が事情を話していなかったこともあるけど、結婚するのが当たり前、結婚したら子供を作るのが当たり前という考え。

欲しくても出来ない人もたくさんいるのに、そんな考えが人の心を苦しめているんですよね…。

日本は次から次へと品質の良い新しいものモノが出てきて、宅急便は時間指定まで出来て、丁寧で対応も良くて。

門の外からベルも鳴らさず荷物を投げ入れるフランスの宅急便とは大違いで、そんな点は素晴らしいけど。

フランスの宅配ドライバーは小包を投げ入れ、嘘をつく?!

考え方や習慣はフランスより、と言うか、たぶん世界の中でもかなり遅れているのだろうと思います。

そして、女性にとってはそういう点では、日本よりフランスの方が精神的にはずっと生きやすいな、と正直、感じます。

かと言って、フランスの方が女性にとってすべて良い、ということでもないんですけどね。

で、その同僚ですが、その後本社が横浜の企業に移り、住まいも横浜に移し、とても充実した日々を過ごしていると、共通の友人から聞いていました。

同僚たちが皆シングルで気兼ねない付き合いが出来ていたようです。

でも数年前、地元の茨城に戻ったと、年賀状で知ったと友人が話してくれました。

理由はわからないそうですが、それまた人生。

地元を出て東京と横浜で暮らした経験はきっと彼女の人生にとってとても大きい、大事なものになったんじゃないかな、と想像しております。

地元を離れてみる、親元を離れてみる、1人で生活してみる。

というのは、時には人生に必要で、大事なことだと思います。

私も、親元を離れるから始まり、いろいろあって日本を離れる、を経験して、すべてやって本当に良かったな、と思っております。

ところでその茨城出身の友人にいつも注意されていたことがあって。

それは私が「イバラギ」って言うといつも「イバラキ」だよ、って必ず突っ込まれていたのです。

茨城は「イバラギ」じゃなくて「イバラキ」なんですって。

「イバラギ」の方が言いやすいけど「イバラキ」なんですよねぇ。

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パリ庶民の暮らし情報と料理を中心にご紹介してるmoiです。

たまに日本に住んでいた時の小さな出来事をふと思い出すことがあります。

今回はそんなふと思い出した、日本で働いていた時の出来事の1つを書いてみたいと思います。

経理部所属で、さっぱりさばさばしているように見える性格で、活動的でスキューバダイビングが趣味でいつもほんのり小麦色に日焼けしていて、夏休みにはフィジーや沖縄にしょっちゅう行っている、私より2、3歳年下の女性がいました。

地元は千葉で、お父さんが会社を経営してるとかで、地元ではなかなかのお嬢さまだというのを誰かが話しておりました。

そこからくる自信のようなものも何となくですが感じられましたが、でもいやな感じの自信は私には感じられませんでした。

なのですが、彼女の言動で、最初に感じたのとは違う、さばさばした雰囲気の奥にある彼女の一面が、次第に見え出したことがありました。

最初に、え?と思ったのが、私のことを、10代に見えるけどもうすぐ20代後半でおばさんだよね、と。

私の前で、他の同僚たちに明るくさばさばとした言い方で言い出した時。

それが1度や2度じゃなく、何度もありました。

1度めの時は、彼女のことだからそれほど悪気はないんだろうな、と思ったのですが。

何度も続くので、悪気がなくはないな、たぶん悪気あるんだな、と気づきました。

さらに、え?と思ったと言うか、困ったことがあって。

それは、彼女と同じ経理部所属の同僚の30代の独身男性のSさんに、またしても私の前で、Sさんと私、歳も近いしお似合いだよ、と言い出してきたのです。

Sさんは銀縁メガネをかけていて高学歴で神経質で超真面目なタイプ。

まったくタイプじゃなかったし、その時私には彼がいたし(誰にも言っていなかったが)、しかも彼女のいないSさんがまんざらでもなさそうにするから、本当に困りました。

そんな彼女も社内に彼がいて、公然の秘密のようになっておりました。

彼は人事部所属で濃いめの顔で、イケメンだと言う女性社員が結構いました。

(父が沖縄出身で濃い顔に慣れていた私はそうは思いませんでしたが)

で、彼女があまりにも私の年齢のことをさばさばな感じを利用して言ったり、Sさんのことを何度もしつこく言うので。

私は以前ほどには話さないようになり、私の気持ちを感じとった彼女もあまり話かけてこなくなり、距離があいていきました。

そんなある日、私が洗面所に入って手を洗っていると、彼女が足早に入って来て、個室トイレに入りました。

するといきなり、爆発したか?と思うくらい大きなおならの音がトイレ中に響き渡りました。

おトイレに入っているのは彼女だけだったので彼女なのですが、たぶん自分でもびっくりしたし焦ったと思います。

もちろん私もびっくりしたけどおトイレでのことだし、プライベート?なことなので、なんか聞いてしまったのが逆に申し訳ないような気がして、さっさと洗面所を出てきました。

当たり前ですがもちろん、誰かに言うなんてことはありません。

でも、彼女の方は気にしたようで。

そのことがあった日から私と目をまったく合わせなくなり、気にしてるのかな、と感じた私は、何も聞いてません的な感じで、とにかく出来るだけごくごく普通にしておりました。

するといつの頃からかなぜだか、目を合わせないから、ツンとした態度で私を完全無視するようになりました。

しかも人事部の彼まで私をあからさまに無視するようになりました。

彼女が何を言ったのかはわかりませんが、私は何もしていないし、誰にも言っていないので、2人のこの態度にはさすがにムカッときました。

正直、あの大きなおならのことを誰かに言ってしまいたい気持ちがこの時過ぎったのは否めません。

でも、それはしちゃいけないことだと思い、誰にも言いませんでした。

その数ヶ月後、彼女はその彼との結婚が決まって会社を辞めることになり、皆に挨拶周りをしていました。

私も最後くらいは気持ちよく、と思ったけど、やはり最後まで無視されました。

その後、一緒に私を無視していた彼の方も部署が変わり、別の建物に移ったので、2人と顔を合わすことはまったくなくなりました。

なのですが、それから3、4年経った仕事帰りのある日、メトロのホームで偶然、彼女と再会しました。

階段を降りてホームに着いたちょうどその時、すぐ目の前に彼女が歩いてきたのです。

彼女は私に気づくと、はっとして表情をこわばらせました。

会いたくない人に会ってしまった、というような表情でした。

その時の彼女は、一緒に働いていた頃のような活動的で自信にあふれた感じはまったくなくなっていて、とても疲れているように見えました。

私が、あ、久しぶり、と声をかけると、彼女も、ああ、みたいな感じで答えたように記憶しております。

そして、なんだかとても疲れているように見えるけど、大丈夫?と私が言うと。

あ、大丈夫大丈夫。と彼女は顔を引きつらせながら苦笑いで答えました。

あとは適当な話をちょこっとして(どこかの会社で派遣で働いていると言っていました)、じゃあ、と言って別れたのですが。

別れた後、私はどこか心の中で、ちょっと気持ちがすっきりしている自分がいることに気づきました。

彼女が私に気づいて顔をこわばらせた時、私の中に小さな意地悪心がわいたように思います。

「なんだかとても疲れているように見えるけど」という言葉は、私の小さな仕返しだったのです。

で、今日初めてこのブログでこの出来事を書いたわけですが、何十年も前のことなのでもう時効ってことで、OKかな、なんて思っております。

思えば、私はサツマイモやカボチャがすごく好きな方ではなく、普段からそんなには食べないのですが。

こんな出来事もどこかで影響しているのかもしれません。

そんなことをふと思い出したパリの秋。

今日はどんより空で雨が降ったり止んだりの、見事に絵に描いたような11月のパリでございます。

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パリ庶民の暮らし情報と料理を中心にご紹介してるmoiです。

スカウトされてパリの有名レストランに招かれて働いていて、講師や審査員も務めているイタリア人のソムリエさんが、生徒さんを含めた日本人について言っていたことがあります。

それは。

「日本人は真面目過ぎる。あれでは疲れちゃう」

ということ。

それを聞いて、ああ、わかるな、と思ったんですよね。

今でこそフランスでのんびり暮らしておりますが、私も日本で働いていた時はかなり真面目ちゃんで、体調が悪くても人にまかせるのが心配で、休まず仕事に行くような人間でした。

それに仕事が好きだった、ということもあります。

仕事を辞めて専業主婦になった知り合いが何人かいたけど、私はずっと働きたいと思っておりました。

でも母の介護があって、そして亡くなった時に、人生について考えさせられ、仕事をいったん辞めてみようと思い、辞めました。

そしたら、若い時から時々できた背中のニキビがまったくできなくなりました。

仕事が好きだったはずなのに、実はストレスがあったんだな、とそれで気づきました。

そしてフランスに来て、フランス人たちのいい意味できっちりしていない、リラックスした働き方を見て。

昔自分は日本で頑張り過ぎていたな。

きっちりし過ぎていたな。と思います。

でも、日本人のそんな真面目さがここフランスで信頼されているってこともあるんですよね。

フランス在住50年の日本人の方が以前言っていたけど。

パリにやって来た70年代、アパルトマンを借りる時なんかでも、日本人だというだけでとにかくすぐ信用されたそう。

それは今も続いていて、たとえばフランスのレストランで修業する日本人は技術はもちろん、真面目に仕事に取り組むことでも、オーナーの信頼を得る場合が多いようです。

人間はそれぞれ性格が違うけど、生まれ育った環境の中で形成されていく部分も相当大きいんだろうな、と感じます。

イタリア人のソムリエさんは奥さんが日本人なのですが、彼女が言っておりました。

旦那さんは他人がとやかく言ってもまったく気にしないそう。

以前アパルトマンの下の階の住民に苦情を言われたことがあって、彼女はやはり気になって気を遣っていたそうなのですが。

旦那さんは、ま~ったく気にしていなくて、その住民に会っても何もなかったように平然としていて、そんなところにびっくりする、と言っておりました。

うちのフランス人旦那は、そこまで気にしない質ではないのですが、それでも、たとえば以前誰かとの間に良くない経験があっても、それを引きずることがほとんどありません。

私は、いやな思いをした場合は、心のどこかでは残っていてすっかり忘れ去る。ということはありません。

その経験も合わせて考えながら、その相手と関わっていくような感じです。

なので旦那の忘れ去り方を見ていると、性格はもちろんなのですが、気質が違うな、とつくづく感じるんですよね。

ところで、そのイタリア人ソムリエさんの働いていたレストランでは、まかないはいつも’冷凍食品だったそうで、家では冷凍食品は一切食べたくない、と奥さんに言っていたそう。

レストランやビストロのまかない料理にずっと憧れていた私ですが。

そんなお店もあるんだな、とびっくり。しかも有名レストランで。

そのオーナーシェフさんはフランスにいくつものお店を持っているので、きっと全部のお店で冷食なのでしょう…。

飲食店では絶対美味しいまかないが食べれると思い込んでいた私は、それを聞いて少しショックでした。

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パリ庶民の暮らし情報と料理を中心にご紹介してるmoiです。

日本で働いていた時、別の部署の優秀な女性社員が仕事を辞め、1年の予定で海外に留学しました。

30歳になったら結婚していると思っていたけど、予定と違って結婚していなくて、この先の自分について考え、留学を決めたと言っておりました。

留学先はイギリス。

彼女と同期で1番親しい子がたまにメールをもらっていて、近況を話してくれました。

たとえば、勉強がかなり大変だけど学校で成績が上位になったとか、クラスメートたちと電車でフランスとベルギーを貧乏旅行したとか。

私はそれを聞く度に、すごいなぁ、夢のような世界だなぁ、とただただ羨ましく思いました。

海外に住むことにとても強い憧れがあったけど、私はその時、結婚していたので留学は考えられなかったし、その時の旦那の仕事でも海外に住むチャンスはなく、とにかく海外には住めないと思っていたからです。

そして、彼女が留学してからもうすぐ1年が経とうという時、彼女から、結婚するという連絡が同期の子に来ました。

相手は同じクラスメートでかなり年下のイギリス人男性。

それから少ししてから、結婚する予定の彼と彼女が一時帰国し、同期の子が会ったそうですが、こんなことを言っておりました。

入社の時から一緒だけど、まさか彼女が外国人と結婚するとは思ってもいなかった。

相手の男性は見るからに白人って感じで、帰る時は2人手をつないで帰っていった。

皆の前でも普通に手をつないで帰るのが日本人らしくなくて、その2人の後ろ姿がとても印象に残った。と。

式はイギリスで家族のみだったので、同期の子は行かなかったのですが、結婚後もたまにメールが来て。

田舎の古い家を購入して、2人で改修工事をしていること。

それが大変でとてもストレスなこと。

などを私に話してくれました。

そんなことまでも、私には決して叶うことのない遠い夢の世界のことで、ずっと憧れでした。

それから数年後、私は離婚することになり、そんなずっとずっと憧れていた海外に住む、という夢を叶える決心をし、日本の身の回りの事、物、すべてを整理し、チワワ坊やと2人でフランスにやって来ました。

やって来た時は、坊やと無事にここまで来れて、夢が叶っていることがとにかく不思議だったし、パリの住人になったことも信じられませんでした。

両親が亡くなっていて日本にはもう帰る家も住む家もないし、待っている人もいないので、先のことを考えると不安は大きかったけど。

でもその大きな不安より、夢が叶ったことと、海外で暮らしてみる楽しみの方がさらに大きかったです。

あとは坊やを最後までしっかり守り通したい。

それさえ出来れば人生思い残すことはない、と本気で思っておりました。

あれから15年、イギリスに行った彼女に憧れていた時からは20年以上経ちましたが、私も海外に留学し、フランス人のパートナーができ、これからも住み続ける1人になりました。

やろうと決め、自分で動けばやれるんだな、とつくづく思っておりますが、それにしても今日までの日々を不思議に思います。

なのですが、いつの頃からか、日本に住んでいた頃の自分の生活の方がなにか幻みたいで、もっと不思議に感じるようになりました。

フランスの住民に本当になった、ということなのでしょうかね。

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パリ庶民の暮らし情報と料理を中心にご紹介してるmoiです。

この記事を書いた時に。

一部の男性たちへの素朴な疑問

顔さんからいただいたコメントで、こんなことをする学校があったんだ、とびっくりしたのです。

そのコメントの一部をご紹介させていただきます。

「小学生の頃太り気味で、色々なあだ名をつけられていました。学校の縦割り清掃でも、太り気味~肥満の生徒だけ集められた体育館フロア清掃でした。それは体育館フロアを上級生が掃き掃除して、私たち下級生が雑巾がけをひたすらするという、運動?(略)小学生のとき、あからさまにみじめな思いをさせるような体育館清掃をさせたりしないで、適度な運動を身につけさせるような体育の授業カリキュラムになって欲しいと、後になってよく思いました。」

そして、これを読んで私も、小学生の時の小学校の対応で、後になって、あれは学校側は子供の気持ちを何も考えていなかったな、という出来事を思い出しました。

それはギョウ虫検査で引っかかった子が、皆の前で先生に名前を呼ばれ、呼び出されていたことです。

今思えば、あの時皆の前で名前を呼ばれた子はとても恥ずかしかったと思います。

名前を呼ばれた子の中には、クラスで一番モテていたリーダー格の男の子もいたのだけど、その日を境に、なんだか女子から人気がなくなっていったし、その男の子も地味になっていったのを子供ながらに感じました。

そんな私も、心の中で、あの子はギョウ虫がいるんだ、と思ってしまったのは否めません。

あれは、皆の前ではなく、先生がもっとさりげなくその子にだけに伝えるか、又は親御さんに連絡して伝えればいいだけのことだったように思います。

先生を含めた学校側のデリカシーのなさを、大人になった今つくづく感じます。

その検査ですが、その後検出率が激減し、2016年に日本の小学校では廃止されたそう。

あのデリカシーのない伝え方もなくなったのかと思うと、それは良かったと思います。

でも、それはなくなったけど、じゃあ学校(教育委員会も含め)は変わったのかな、と思うと。 そうではないように思います。

イジメがあっても認めない先生がたくさんいるし、命を絶つ子がいても学校側は隠蔽しようとします。

旭川の事件もそうですが、日本のイジメのニュースで、学校側の対応を見ると、この人たちは子供と関わる仕事をしちゃいけない人たちだな、と情けなくなります。

自分はイジメにあっています、と正直に言える子供なんてほとんどいないのに…。

ああいう人たちは、初めは真摯な気持ちで子供に関わる仕事を選んだけど、仕事をしていく中で変わっていってしまったのでしょうか…。

でももちろん、ちゃんと子供の心に寄り添ってくれる先生がいることも経験で知っております。

私には今も忘れられない大好きな先生が2人います。

それとは逆に、私の母が先生にもPTAの中でも自分の意見をはっきり言う人だったので、母のことを邪魔くさいと思い、子供の私にまでな~んか意地の悪かった大人じゃない心のちっさい先生もたくさんいましたが…。

(そんな母も元先生でしたが)

ところで、フランスの学校は元々ギョウ虫検査はありません。

ですが、ご存知の方も多いかと思いますが、フランスの学校では今もしょっちゅうアタマジラミが流行し、駆除CMもよく流れております。

ギョウ虫がいるのも珍しくないようで、近所の子供が駆除のシロップ薬を飲んでいたこともあります。

うちのわんこたちも虫がいるかいないかわからないけど、定期的に駆除のお薬を飲ませております。

私はまだお薬にお世話になったことはありませんが、豚肉はちゃんと火を通すことと、お刺身は2日以上冷凍庫(業務用)で冷凍してからいただくようにしております。

あ、それから手をよく洗うこと!

コロナがまだ完全に終わっていないことももちろんあるけど、基本で大事なことだと思います。

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