パリ生活社ミルクとマカロン2

パリ郊外マルヌ川の流れる街の暮らしの中で、日本人として感じる思いを率直に綴ります。

私が見てきたパリのアパルトマンの現実

パリ庶民の暮らし情報と料理を中心にご紹介してるmoiです。

ニースで出会って仲良くなった日本人の女の子がパリに移り、その少し後、私もニースからパリに戻り、その際、数日間彼女のアパルトマンに泊めさせてもらったことがあります。

彼女はシャンゼリゼの人気パティスリーでバイトしていて、アパルトマンはそこから徒歩7、8分。

ショップやホテルはちょこちょこあるけど賑やかな商店街的なところはなく、比較的静かで危険の少ないカルティエでした。

とにかくシャンゼリゼまで徒歩で行けるので、シャンゼリゼで働いている彼女にとっては本当に便利だったと思います。

なのですが、彼女の住むアパルトマンの部屋について、ここはどうかな、という印象が私には正直ありました。

パリの建物は古いものが多く、しかもカルティエによっては密集して建っていて外観だけ見ると、中も狭そうだな、と感じることがよくあります。

でも実は小さなドアの向こうは意外に奥行きがあったり、螺旋階段があったり、吹き抜けで小さな中庭があったりで、各部屋、もちろん小さな部屋もあるけど、広い部屋もあったりします。

でも彼女のアパルトマンは外観とまったく同じで通路や階段もとにかく狭くて、部屋自体もとても小さかったのです。

部屋が小さいのはぜんぜんいいのです。

私がパリで最初に住んだ部屋も約20平米で、決して広いとは言えなかったですし、日本から来た人たちはよっぽどリッチな人じゃない限り、駐在員じゃない限り、最初は小さな部屋というのが普通。

ただ彼女の住む部屋は、フランス的なところがまったくなかったのです。

大家さんが確か台湾系だったと思うのですが、部屋だけ見たら、どこかアジアの混沌とした街の一部屋の雰囲気。

キッチンも含めアジア的な生活感に溢れていました。

しかも窓を開けるとすぐ隣の建物の壁。

外も空もまったく見えないのです。

なので閉塞感もすごかったのです。

とにかくパリの、しかもシャンぜリゼのすぐそばに住んでるとは思えなかったんですよね。

で、彼女がしょっちゅう言っていたのが、ニースはあんなに楽しかったのに、パリがぜんぜん楽しくない。パリは好きじゃない。ということ。

その時に私は、いくらシャンゼリゼが近くても、この部屋と職場を毎日徒歩で行き来してるだけでは、やっぱりそう思ってしまうのはしかたないかも、と思ったのです。

私が最初に住んだカルティエは、すぐ近くに賑やかな商店街がいくつもあって、顔馴染みになったお店の人たちがしょっちゅう声をかけてくれました。

部屋からは、パリらしい通りの風景や灯が見えて、それを眺めていると、ああ、パリに本当に住んでいるんだな、夢のようだな、とよく思ったものです。

おしゃれでも何でもない小さな部屋だったけど、パリらしさに囲まれや環境だったのですよね。

で、彼女はその後日本に帰国したのですが、1年くらい経った頃にメールをくれて、そこには。

今、地元(東北)のパティスリーで働いているけど、フランスで暮らしたのが嘘のようだと。

私のフランス留学はいったい何だったんだろう?と思ってしまうと。

ニースではとても社交的で各国の友達がたくさんいて、フランス語もよくしゃべれて、フランスが合ってるんだな、と私は思っていたのですが。

メールから伝わってくるのは、ニースの時とはまったく違う様子の彼女でした。

それから11年経ったのですが、今でも彼女のことを思い出すと。

あのシャンゼリゼのアパルトマンではなく、もし別のカルティエのアパルトマンで、パリらしい雰囲気が感じられる場所だったら。

庶民的な商店街なんかがすぐそばにあって、お店の人や近所の人としょっちゅう会話をするような環境だったら。

社交的だった彼女のパリ生活は大きく変わっていたんじゃないかな、と思うのです。

なので、住む場所って本当に大きいな、と。

通勤に便利よりも、まず、住む場所が自分にとって楽しいか。落ち着けるか。

それから、人と接するのが苦手な場合は別として、1人暮らしの場合は、職場以外で誰かと接する機会がある、というのも大事だな、と。

実は、この事が今の自分の住まいについての考え方にも少なからず影響しております。

今の住まいはパリ市内より断然不便なパリ郊外だけど、窓を開ければ緑がたくさんあって、星もパリ市内よりはたくさん見えているはずです。

今の自分には、都会より自然がある場所の方が合っているな、楽しいな、落ち着けるな、と感じるのです。

なんて、こんな好き勝手に書いてしまったけれど。

ニースからパリに戻ってきた時、部屋探しが難航していた私を泊めてくれたことには、本当に感謝しているのです。

真面目な雰囲気になるのが好きでいつも伊達メガネをかけていた私に「moiさん、メガネかけない方がいいよ~」って何度も言ってくれて。

フランスに来たわけを、そこまでぶっちゃけなくていいよ、くらい素直にぶっちゃけて話してくれて。

可愛いらしい女の子でした。

うんと若かった彼女も今、大人。

もしかしたら彼女のことだから、またフランスか別の国に出てるかも、なんて思うこともありますが、どうかなどうかな。

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パリ庶民の暮らし情報と料理を中心にご紹介してるmoiです。

この記事で、渡仏して最初に住んだアパルトマンの日系不動産屋の担当者について書きました。

日系不動産屋の担当者との会話で地雷を踏んだ話

そうしたら、現在は日本在住の、ひょっとしてさんからコメントをいただきました。

で、ご本人に了解を得ておりますので、ご紹介させていただきます。

はじめてコメントをいただいた時から、計3回やり取りをさせていただいております。

最初のコメントは。
「ひょっとして〇〇さんですか。日系不動産の強烈な女性って。もしそうなら、同じく被害者です。手口や言動がもうそのまんまで、ついコメントをしてしまいました」

そして、2度めに返信でいただいたコメントでは。
「退去の時は本当に嫌な思いをしましたよ。ちなみに私の場合は、大家さんはゲイなんですよ。カップルでイビサに住んでお土産屋さんを経営してるのよ~、と勝手に暴露していました!ピカピカに掃除したら、caution(保証金)戻ってくると言っていたのに、最後のétat des lieux(部屋の状況確認)で、なんなのよ!このヒビは!あなたが保険金で補修しなきゃいけないのよ!とまくしたてられ、cautionは結局戻ってこず、詳細は省略しますが、大家とグルでした。十数年前の思い出です」

そして、3度めに返信でいただいたコメントは。
「やっぱり時代は変わり今になっても日本人をカモにする日本人は居続けると思いますし、それが1つの職業になっているんだと思います。まあ当然そこには私やmoiさんのような被害者がいるわけですし。これからあるいは今パリに住んでる人達に警告の意味でも、コメント紹介は良いのかなと思います。私が知っているだけでもこの女性以外に個人で斡旋している日本人の男性が2人いて、2人ともクセありでトラベルメーカーで泣かされてた日本人は多かったです。結局保証人もいない外国で家探しするから、リスクはあるわけで、そこにつけ込み蜜を吸う人たちもいるってことですね。残念ながらそれが同じ日本人なんですけどね」

という内容です。

最初のコメントの〇〇はそのままではないけれど担当者の名前が何となくわかるように書いてくださっていて、私と同じ担当者名でした。

(ただし最初のコメントは表示を控えさせていただいております)

2度めのコメントの、大家さんのことを勝手に噂話する(暴露する)も同じ。

保証金と部屋の状況確認のやり取りもほぼ同じ。

そして、そうだろうとは思っていたけど、大家さんと組んでいるも同じでした。

ここまで読んで、この担当者のやり方というものを改めて確認することが出来ました。

日本から来た日本人の借主側に非がなくても、退去の際には、まくしたて、時には、出るとこに出ると言って、ほぼすべて負担させるということ。

大家側にはお金を使わせないよう、保証金もしっかり入るよう、初めから話が出来ていること。

担当者も大家も、そのやり方に慣れたもんであるということ。

彼らにとっては日本人借主はおいしいカモで、ちょろいということ。

などです。

3度めコメントは本当にその通りだと思います。

で、ひょっとしてさんの仰る通り、これから、そして今パリに住んでる人達に警告になると思うので、今回記事としてご紹介させていただくことにしました。

これは経験したからこそ伝えられること。

今、フランスに、パリに住んでる者として伝えていくのは、1つの役目だと思っております。

でもちゃんとした対応をしてくださる日系不動産屋さんや担当者もいると思います。

ネットで見てみると、不動産屋の感想や評判が出てくるので、それらを参考にするのも1つの方法だと思います。

ということで今回は以上となります。

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「私が見てきたパリのアパルトマンの現実」、前回はコチラの記事でした。

最も危険な地区の部屋で。私が見てきたパリのアパルトマンの現実

今回は、ああ、そういうことだったのか~、と思った、あるホームステイ先の話です。

2008年に渡仏して通った語学学校で一緒のクラスになったMちゃんは、奈良出身。

奈良弁が可愛らしくてめちゃめちゃ気さくで、でもきちんとした雰囲気で、その雰囲気と同じで真面目な性格。

パリには花を学ぶためにやってきて、自分でパリの花屋に飛び込みで入ってパトロンと交渉して、勉強のために無休で働いていました。

初めに行った語学学校での勉強が終わり、次に行った別の語学学校でもMちゃんと一緒になったので、ときどきお互いのアパルトマンを行き来するようになりました。

Mちゃんは留学会社で斡旋された14区のアパルトマンのホームステイの部屋に住んでいて、大家さんのフランス女性は、国の行政機関だったか大きな企業だったかで働いていました。

50代くらいで、やはりMちゃんのようにきちんとした雰囲気で、とても感じの良い人。

アパルトマンは100㎡以上あったと思いますが、広いリビングとキッチンがつながっていて、インテリアも素敵で、雑誌に出てきそうな住まい。

そんな中にMちゃんの部屋もあったのですが、リビングの一角にあって、たぶん後から工事して新しく作ったのだと思うのですが、プライベートが完全に守れる作り。

しかも部屋の中にシャワーとトイレまでありました。

リビングとキッチンは共有で、もちろんいつでも使ってよくて、1度そこでフェット(パーティー)もありました。

その時、大家さんはサーモンとホウレンソウのキッシュを作ってくれて、少し皆とお話してから、自分の部屋に行って、私たちをリビングで自由に過ごさせてくださいました。

大家さんは南仏のアンティーブに別荘も持っていて、週末やバカンスの時にしょっちゅう行っていて、その間Mちゃんは広いアパルトマンで1人暮らし気分。

それまた楽しんでおりました。

家賃は覚えていないのですが、他のホームステイの家賃と変わらなかったように記憶しております。

大家さんは適当なことをせず、受け入れる留学生のためにきちんと準備して、良心的だったのですね。

それまでホームステイ先でのいろんな話(主に不満)を何人かの人から聞いていたので。

こんな素敵なアパルトマンで、こんな優しい大家さんで、Mちゃんはホームステイ先に本当に恵まれたんだな、ラッキーだったんだな、と思っておりました。

でもある時Mちゃんと話していて、それが偶然恵まれたわけじゃないことを確信したのです。

たまたまMちゃんの留学斡旋会社の話題になったのですが、担当の方がとても良くしてくれて本当に感謝していること。

なので、相談の時に、皆さんで召し上がってください、と、お菓子の箱も何度か持っていったことを話してくれたのです。

で、ああ、そういうことだったのか~、と。

Mちゃんは、誰が会っても気さくで真面目でとにかく感じが良いと思うような子。

その上、皆さんで、と言ってお菓子まで持ってきてくれる。

担当者の人はもちろん、留学会社の人たち皆が、Mちゃんに好感を持っていたのでしょう。

なので、その会社のとっておきのホームステイ先を斡旋してくれたのだと思います。

そして、Mちゃんなら、とっておき14区アパルトマンの大家さんもきっと気に入ってくれると、わかっていたのだとも思います。

実際、大家さんがMちゃんに好感を持っていて信用しているのを私は感じていました。

Mちゃんは私にも、自分はオリーブオイルが苦手なのでおしゃれなものは作れないんだけど、と言って和食を作ってくれたこともあります。

(奈良弁がわからないのでここでは標準語で書かせていただいてます)

職場のお花屋さんにも肉じゃがを持っていったことがあって、皆食べても微妙な表情をして無言だったので、まずかったのかな、と言って、がっくりしていたこともあります。

(今はわかりましたが、茶色煮物系は苦手なフランス人が結構いるのです)

語学学校では、例えば皆で1つずつ食べ物を持ち寄ってのプチ・パーティーが時々あったのですが。

そんな時、皆がそれぞれ持ってきたものを出してごちゃごちゃになるので、自分は出さない、つまりケチって持ってこない。しかも毎回。

という人もおりまして。

そういうのって実は皆、結構気づいていたりして、やはりマイナスのイメージになっているんですよね。

でもMちゃんは逆で、損得考えなかったから、結局素敵なホームステイ先を斡旋してもらい、大きな得をしたように私は感じました。

Mちゃんは1年で日本に帰りましたが、帰ったら婚活する!

と意気込んでおりました。

あれから14年近く経ったけど、婚活が成功しているかどうかはわからないけど、あのままのMちゃんで元気に暮らしていてほしいです。

ま、Mちゃんのことなので変わらないでしょう!
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パリ庶民の暮らし情報と料理を中心にご紹介してるmoiです。

私が見てきたパリのアパルトマンについてあれこれ思い出したので、これからたまに書いていこうと思っております。

そんなわけでわかりやすいよう、新しく「私が見てきたパリのアパルトマンの現実」というカテゴリを作りました。

右にあるカテゴリー欄の上から7つめとなっております。

で、前回はまず自分が最初に住んだアパルトマンの話でした。

雑誌には出ない。私が見てきたパリのアパルトマンの現実

今回は、パリの中でも最も危険と言われている、パリの北側18区の中のカルティエに住んでいた友人女性のアパルトマンの話です。

そこはバルベス(Barbès)地区と呼ばれていて、彼女のアパルトマンがあった駅は確か4号線の「マルカデ・ポワソニエール(Marcadet Poissonniers)」だったと思います。

パリは北駅周辺が危険なのはよく知られておりますが、その北駅から3つめの駅で、同じ方面の最終停車駅のポルト・ド・クリニャンクール(Porte de Clignancourt)まではどこも危険な雰囲気がいっぱい。

駅を降りてアパルトマンまでの道のりも確かに怪しい雰囲気だし、行き交っているのは私も含め移民系の人々がほとんど。

で、彼女の部屋ですが、細かい外観の様子は忘れてしまったのですが、パリらしい古びた建物の中にありました。

階数も忘れてしまったのですが、3階あたりだったかしら。

入るとすぐかなり広めのリビングがあって、その横にキッチンとシャワーとおトイレ、奥に寝室がありました。

どちらもかなり広めで、合わせて40㎡は軽く超えていたと思います。

浴槽はなかったけど、天井も高くて、窓からはパリの屋根の下の下町の光景が広がっていました。

7区の私が住んでいたアパルトマンとはまた違う雰囲気。

雑誌には出ない移民地区の混沌とした雰囲気が、私にはとても興味深かったです。

家賃は私のアパルトマンの家賃よりずっとお安め。

私の部屋の倍以上の広さなのにです。

どうやってその部屋を見つけたのかはちょっと忘れてしまったのですが、不動産屋を通してではなく、ネットかフリーペーパーの賃貸情報で見つけたのだったと思います。

彼女がその部屋に住み始めた頃は、私もパリに住んで半年近く経っていて、たまに通る危険な地区の雰囲気にも少し慣れていたので。

それほどには恐い気持ちはありませんでした。

私以外の共通の友人たちも同じで、皆でしょっちゅう彼女のアパルトマンに遊びに行っていて、さらに危険地区に慣れていきました。

よく彼女の部屋で数人でまったり飲んだり、フェット(パーティー)もありました。

そんな時、チワワ坊やが家で待っているので、私は皆より一足先に夜道を1人で歩いて駅まで行って帰っておりました。

もちろん十分注意していたけど、危険な目には一度も遭いませんでした。

住民である彼女はパン屋さんで働いていて、朝の暗いうちに出勤が多かったのですが、住んでる本人からも、危険な目に遭ったという話は聞いたことがなかったです。

ま、でも考えてみれば。

パリで狙われるのはお金を持っていそうな人たちだったり、観光客だったりが多いので、危険地区に住んでる、または行き交っている人々は、ジモティと見られ、狙われることはそう多くはないのかもしれません。

ただし、やはり場所が場所なので、どこかでいつも危険なことはあるのだとは思います。

旅行の方は近づかないことが一番。

この部屋の様子や間取りとはまっく関係ないのですが、彼女のアパルトマンで開かれたフェットで今でも忘れられない小さな出来事があります。

そのフェットではかなりの人数が集まって、皆自分の荷物をリビングの奥の寝室に置きました。

で、リビングの方で食べたり飲んだり音楽を聴いたりしたのですが。

私はチワワ坊やがいるのでいつものように一足お先に帰らせてもらおうと、楽しんでいる皆に目立たないよう寝室に行って、身支度をしていました。

そしたら突然、やはりフェットに来ていた日仏カップルの、フランス人彼氏の方が寝室に入ってきて、私を見張るように寝室の入口に立ちました。

私が何か盗むのでは、と彼が思ったのがわかりました。

でもただ帰るだけなので、私は気にせずに身支度を整え、リビングにいる住民の彼女に一言、帰るね、と言って、彼にも、さようなら、と言って部屋を出ました。

それから数ヶ月後、そのフェットにも来ていた日本人の女の子が日本に帰る前に、1人で南仏を周ることになりました。

で、私を見張ったその彼氏の友人の、アヴィニヨンの家に何泊か泊まらせてもらうことになりました。

その旅行から帰ってきた彼女が、皆には言えないのだけど、と言って話してくれたのですが。

アヴィニヨンのその友人の家で、確か200ユーロだか300ユーロと言っていたと思うのですが、お金を抜き取られたんだそう。

自分とその友人しかいないので、どう考えてもその友人の仕業。

でも抜き取った本人は何食わぬ顔で平然としていたそう。

で、結局知り合い日本人の彼氏の友人なので何も言えなかったそう。

それを聞いて思ったのは、私を見張ったあの彼氏の仲間の周辺では、きっとそういうことが頻繁に起こっているんだろうな。

だから私のことも疑ったんだな、と。

そういうことが頻繁に起こる仲間がいる彼氏自体も大丈夫なのかな、とちょっと過ぎりました。

その後の見張り彼氏カップルのことは知りませんが、そのアパルトマンの住民だった彼女はフランス人のパティシエと結婚して、18区にお店を開きました。

だいぶ前になりますがお店に立ち寄った時は、元々冷静な子だったけど、さらにお店の経営者としての落ち着いた貫禄が漂っていて、スレンダーになっていて。

マドモアゼルから綺麗な経営者マダムになっておりました。

十数年も経つと、人の変化はすごいです。

ま、私も違う意味で変化しましたけどね。

自然現象なので、気にしない気にしない。あは。

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パリ庶民の暮らし情報と料理を中心にご紹介してるmoiです。

パリに来る前、日本で見ていたパリ&フランス特集の雑誌や本では、パリジェンヌのおしゃれなアパルトマンの住まいがよく紹介されていました。

でも実際にやって来てアパルトマンに住んでみると、私を含めた外国人留学生の住まいはそれとは真逆で、おしゃれ感なしの部屋、元々が決して綺麗とは言えない部屋、びっくりするくらい狭い部屋がたくさんありました。

外国人は、パリではとにかくまず住む場所を見つけるのが大変。

しかも家賃が高いので、自分の払える範囲以内の家賃で探すのがこれまた大変。

なので大きな問題がなければいい、そこまで綺麗は求めない、住めればいい、ってところも当時はあったように思います。

ほとんどの人ががんばってお金をためてパリに来ていましたしね。

私の部屋も含め、どの部屋も生活感いっぱいだったように感じます。

それと20区あるパリではそれぞれのカルティエによって雰囲気が違って、高級住宅街や中心地、人気のカルティエは家賃が高くなるし狭くもなる。

逆に中心地から外れたカルティエや庶民地区は、もちろん安くなるし少し広くもなります。

私はパリで二か所のアパルトマンに住んだのですが、高級住宅街のカルティエとパリ一庶民派のカルティエで対照的。

部屋も家賃もカルティエの雰囲気もまったく違いました。

そんな自分の住んだアパルトマンも含め、今まで見てきたパリの、特に印象に残っているアパルトマンについて、覚えている範囲で、その様子と正直な感想などを書いてみたいと思います。

今回はまず、私が最初に住んだアパルトマンについてです。

場所は7区でエッフェル塔のすぐそば。

日本から連れて来たチワワ坊やがいたので、とにかく坊やと安全に暮らせるカルティエが希望で、高級住宅街7区にあるそのアパルトマンを日系不動産会社から紹介されました。

高級住宅街だけど、その界隈だけは庶民的な雰囲気で、小さなアパルトマンが並ぶ通りに私の部屋もありました。

日本で言う2階にあったその部屋は、広さは約20㎡で、浴槽とトイレと洗濯機がある小さなバスルーム付き。

ワンルームの中に小さなキッチンがあって、小型冷蔵庫と電子レンジ、オーブントースターがありました。

ただしこの電化製品はすべてが最小限の機能でかなり古いもの。

住んだ当時は、日本の電化製品に比べ相当遅れているしとにかく古いので、フランスって随分遅れているんだな、と思っていました。

でもそれはパリの家具付き賃貸アパルトマンによくあることだったよう。

リッチな方々や駐在員の方々が住むような家具付き高級物件や、それなりの賃貸料のアパルトマン以外の、安い家具付き物件はだいたい中古の電化製品や安い家具が備え付けられているんですよね。

で、今の旦那と結婚してパリ郊外の家に住んでみると、ご近所さんもですが、住んでいたあの部屋ほど電化製品は古くないし、食洗器はほぼどこの家にもあるように思います。

あそこまで古い電化製品が備え付けられているというのは、安いアパルトマンだったからなんです。

それでも洗濯機があったのは大きかったんです。

今も、パリを含めたフランス中のアパルトマンで、洗濯機のない部屋がたくさんあると思います。

だからコインランドリーが街中あちこちにあるんですよね。

我が街のセントラルにもいくつもあって、たくさんの人たちが利用しております。

で、私のワンルームにあった家具類は、タンスと本棚と小さなテーブルとソファ式のベッド。

その部屋は質素だけれど比較的綺麗な方で、それは不動産屋を通しているからでした。

掲示板やネットなどで見つけ、仲介なしで大家さんから直接借りる部屋は、大家さんの私物や以前の住人たちの置いていった私物がそのまま残っていることがよくあります。

そういう場合は、今の住人も片づけず手をつけずそのまま置きっぱなし。

なのでかなり散らかっていることがよくあります。

それとネットなどで直接大家さんから借りる場合は、お金だけだまし取られることもしょっちゅうあります。

たとえ大家さんが日本人でもです。

なので、日本人だからと言ってすぐ信用しちゃだめなんですよね。

残念ですが、パリには日本人をカモにしている日本人がたくさんいるんです。

話を戻しまして。

私は日本から船便で送ったアメリカ製のお気に入りのベッドカバーをソファにかけ、パリのインテリアショップのセールで買った綺麗な色のクッションを並べ、商店街の雑貨屋さんで買った綺麗な色のボックスなどを収納として利用。

超狭くても自分と坊やが少しでも落ち着くような住まいになるよう、自分なりにお金をかけず工夫しました。

近くの可愛い雑貨さんで買ったガラスの壁掛けも飾っていまして、それは今の住まいでも寝室に飾っております。

そのインテリアショップは今はもうなくなってしまったんですけどね。

冷房をつけているお宅がまだまだ少ないフランスなので、もちろん冷房はなし。

暖房はというと、本当は中央暖房がよかったのですが、そこは中央暖房ではなく備え付けの小さな暖房器具1つ。

中央暖房はお湯が通る配管が建物中に張り巡らされていて、建物全体を温める方式。

この暖房代も家賃に入っているので、中央暖房のアパルトマンは家計にも大助かりなのです。

でも私の部屋はそれがなくて、パリの寒い冬は暖房器具をつけてもまだ寒くて、部屋の中でも厚着をしていました。

しかもフランスは電気代がめちゃくちゃ高い。

何か月か分の支払い請求書がまとめて送られてくるのですが。その料金を見て、大ショックを受けたことがあります。

なので、これからパリに、フランスに住む予定で節約暮らしをする方は、ご存知の場合も多いと思いますが、中央暖房がほんといいです。

それでも、そのカルティエでの暮らしは、パリに来てすぐ住んだ部屋としてはかなり恵まれいたように思います。

坊やがお留守番するのにも安全だし、すぐ近くには感じの良い商店街があって、通るたびにお店の方々が皆、声をかけてくれました。

シャン・ド・マルス公園もすぐだったので、チワワ坊やと毎日散歩し、毎日朝も昼も夜もエッフェル塔を眺めることが出来ました。

友人たちとエッフェル塔を見ながらピクニックもしたし、エッフェル塔での混雑する無料の音楽フェスティバルなんかも、家に5分もかからず帰ることが出来ました。

そう言えば通りを隔てたお向かいに英語圏の外国人女性が住んでいたのですが、しょっちゅう窓が開いていたので部屋が見えちゃったのですが、やはり相当狭かったです。

その部屋でしょっちゅう週末にフェット(パーティーの意味。でも今はフェットという言い方は古くてソワレと言う)を開いていて、音楽かけて賑やかで華やかな雰囲気でした。

また話を戻しまして。

でもそのアパルトマンに1年住んで退去する時は、質の悪い大家&不動産屋の担当者に悲しい目にも遭いました。

日系不動産屋の担当者との会話で地雷を踏んだ話

この記事の中でも書いておりますが、特に不動産屋の担当者が意地が悪くて最悪でした。

それも今となっては過ぎ去った出来事。

海外に住むという夢を叶えたけれど先がまったくわからず、チワワ坊やと2人での不安いっぱいの暮らし。

でもその不安よりもっと大きな新鮮な出来事があり過ぎる毎日。

こんな暮らしがあるのか、と人生観が大きく変わりました。

この1年はパリに来たばかりということもあり、今もかけがえのない大事な想い出になっております。

ということで今回はここまでとなります。

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